「ママ!」 「あれ、おれとのか?」 恥ずかしそうに頬をポリポリと掻くエースに、×××の心なしか鋭い視線が突き刺さる。 「あ…、ちがう…」 ふにゃぁ、と顔を歪めて今にも泣き出しそうな女の子の手を握って、×××は目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。 「エース、違うでしょ!迷子?大丈夫、大丈夫!一緒に探そう?キミのお名前教えてくれるかな?」 「ぅ、マリー」 ウルル、と零れそうな涙をグシグシと拭うマリー。×××が小さく、だめと言いながら小さな手を取り、ハンカチを当ててやる。微かに赤くなった目尻に、×××は安心させるように微笑んだ。 「そっか、ねッ、マリーちゃん。私は×××って言うの。一緒にお母さん探そう?お父さんも一緒かな?」 「ママ゛ァ〜ババ〜!」 優しく声を掛けると、両親を思い出したのか空を仰ぎながらワンワンと泣き始める。×××がギュッと小さな体躯を抱き締め、ひたすらにフワフワの頭を撫でていた。通行人はチラチラと彼らを見、申し訳なさそうに視線を逸らし、過ぎていく。 「マリーちゃぁん。大丈夫大丈夫よしよし。不安だよね?ずっと一人だったんだもんね?おねーちゃんが居ますよ〜。おにーちゃんも居るからね?ね?どこでママとパパとはぐれちゃったか分かる〜?」 「ぅえ、あ、っちぃィ゛」 泣きながら指す指は丘とは反対の方で、×××はうんうんと頷きながら柔らかい髪を撫で続けた。 「大丈夫だよぉ、すぐ見つかるからね!ママとパパがマリーちゃん見つけた時に泣き顔なのやーよ?ね?」 「ぅっ、うっ」 「…あー。マリー?ほら、飴!食うか?あめーぞォ」 先程まで、キョロキョロと通りに目を向けていたエースは突然マリーが泣き出し、それを当然のように×××が宥める様子をオロオロと困ったように視線をさまよわせたが、パ、と止まり、腕に抱えた紙袋から、バラバラと飴を取り出す。 「あ、おにーちゃんん゛」 「おゥ、エースってんだ、ほら食えよ」 泣き顔が、×××の肩口から見え、エースは不器用にニカと笑みを作ると、飴玉の乗った手の平を突き出した。 「あ、ありあ゛とォ」 ×××の腕からスルリと抜け、一つ摘み、包み紙を取って口に含む。エースがベ、と舌を出し、その上にもコロリと飴玉が乗っているのを見て、マリーは泣き顔をふにゃふにゃと崩して、顔いっぱいに笑みを乗せた。 「マリーちゃん、良い子だねェ、お礼ちゃんといえる子だもんね〜」 「うん、いーこだもん」 「はは、もう泣き止んでら」 ×××がエースに目配せをすると、軽くウィンクが帰ってくる。小さく微笑んで、×××は徐に立ち上がった。 「じゃ、あっちに歩いてみようか?きっとママもパパもマリーちゃんを捜してるよ」 手の平を見せれば、それの一回りも小さな手が一生懸命、掴んでくる。反対の小さな手をエースが包み、ニカと笑った。 「ぅん」 それから程なくしてマリーの両親が見つかった。マリーが、×××とエースの手を振り払い、一目散に駆けていく。視線の先には彼ら程に若い両親がキョロキョロとあちこちに目を配り、男の方は身振り手振りに町人に話しかけている。確かに、マリーの両親だった。 「ママー!」 「ありゃ、親か」 ×××は応えるように笑い、足を早めた。すると、向こうの母親が彼女を抱き留めた状態で×××に気が付く。 「マリー!すみません!うちの子がご迷惑を!」 「いえ!とても良い子でしたよ」 にこにこと微笑んで、×××が答える。父親が、町人にお礼を言いつつ瞬時に帰ってくると、母親から離れたマリーをギュッと抱き締めた。キャラキャラとマリーが笑う。 「あァ、マリー!お前が居なくなってママとパパ凄く心配したんだぞ!あの時、手を離して凄く後悔した!ごめんなマリー!君たちが居てくれなかったらどうなるかと…!」 「いや…、本当見つかって良かった。うんうん」 エースが、彼らの感動ぶりを見て、静かに笑った。テンガロンハットを深く被せ、小さく笑う。 「ありがとう御座います!マリー、もう離れないわ!」 「うん!おねーちゃんとおにーちゃんのおかげ!アメくれたの」 「本当にお礼してもしつくせない位、」 「ウチのタカラをありがとうッ」 「ありがとー!おねーちゃん!おにーちゃんも!」 申し訳ないと何度もペコペコと頭を下げながら、彼女の両手に母と父の手が繋がれている。去っていく背中を、×××とエースが見送った。 「おれ、オマケかよ」 「まァまァ、良い、ご両親ですよね」 「…」 穏やかな表情で三つの背中を見守る×××を、エースがジ、と見つめ、次第に視線が落ち、地面を見た。 「行きましょうか?」 のぞき込むような彼女の視線から逃れるように顔を背け、丘に向かって歩き出した。 ×××が不思議そうに小首を傾げ、彼の後を追う。 桜の大木は、島全体に桜色の花弁を散らすように存在していた。人がいる様子は無く、×××は不思議に思ったが、目の前の巨木にそんな疑問も春風に吹かれ消えていく。 暫し見える光景に口を無くし、それでも出てくる言葉はありきたりなものになった。 「凄い、綺麗。今が丁度満開なんだ」 「…」 「エース?」 無言の彼が、いきなりドサリと腰を下ろし、紙袋を横に置くと、真上の桃色に染まりそうな空を見上げた。 「あァ、すげェ。おれ、分かった。オヤジがここの島に決めた理由」 「え?」 「海賊王と、酌を交わした場所だ」 真摯な視線が×××に刺さり、どうにも固い雰囲気に×××は静かにエースの傍らに腰を下ろした。大の字に足を投げ出し、後ろ手に支えていた腕が折れると、エースはバタンと後ろに倒れる。×××が顔を後ろに顔を向けると、前を向けと言う。仕方無く、上を見上げ、見事な桜で視界をいっぱいにした。 「おれの父親って海賊王なんだよなァ。心ん中ではずっと前からおれの父親はオヤジだって思ってるんだけど、畜生な事に事実が覆せねェ」 「…うん」 「良い両親ってのが分かんねェんだ。ギュッと抱き締めてくれんのが良いってなら、おれの両親は良い奴らじゃねェ、母親はおれを産んで同時に死んじまったからな」 「…」 「そもそも、奴は母親を愛してたのかっつーのが、分かんねェ。自分は勝手に死ぬしよ、母親は島に取り残されたまんまで。…時々、おれっていらねェ奴なんじゃねェかって思う。うん」 それだけ、忘れてくれ。と掠れた声は小さく、泣きそうに震えていた。静かに聞いていた×××の眉間に初めてシワが寄った。それは直ぐに解かれ、聞いている内に落ちた頭を再び桜に向けた。綺麗だと、ただ単純に思った。 「ご両親は、エースを愛していると、私は思いますよ」 「は?」 「良いご両親じゃないですか」 「は?俺はッ!アイツの息子だって、言うだけで!どんなッ」 「エース!」 「…」 ×××の声は怒りに震えた。穏やかだと思われた彼女の口調がいきなり切り替わり、怒声に空気を震わす様子に、エースは呆気に取られて口を噤んだ。中途半端に起こした体を、完全に起こし、それでも×××とエースの視線が絡むことは無かった。丘から見える海の向こうに、隠れるように白い鯨が見える。オレンジに照らされ、エースは目を細めた。 「エースが、いらない子だったら!お母様はアナタを生まない。自分が生きて、アナタを殺すわ」 「…」 「お父様が、お母様を愛していないなら!お母様はアナタが生まれる前に、亡くなっていた。そうでしょう?島に放っておいたんじゃ無い。海賊王だから、愛した女を離したのよ?」 「…」 チラリと一瞬向けた視線は、彼女の強い眼差しに捕らえられた。 「それに、アナタ、名前を貰っているじゃない。一番最初の愛の籠もったプレゼントじゃない。アナタは愛されて、今生きているでしょう?」 ふわりと笑って、そばかすだらけの頬をなぜる。猫のように目を細めるエースに、一層×××の笑みが深まった。 「…うん」 「私も、アナタのオヤジも、白ひげ海賊団のクルーは勿論、最愛の弟が一番アナタを必要としてる」 「うん、分かった。止めろよ」 「…」 パッ、と振り払われ、そっぽを向くエースは、テンガロンハットで顔を隠すが、ツンと突き出す唇が隠せていない。冷たい口調に×××がポカンと一瞬呆け、直ぐ声を上げて笑った。 「も、ハッズ!」 夕日で一層赤く染まる彼の頬を見たからだった。 「ふふ」 「だー!湿っぽいのヤメ!ちくしょー。オヤジ、ここを知っててこの島にしたんだ!」 「?」 「ふん!楽しみにしてろよ!」 パクパクと、町で買い集めた軽食をあっという間に無くしていく。ビシィッと×××に突きつけられた指先にマドレーヌの欠片が付いていて、×××は彼の言いたい内容が分からないものの、その頬を膨らませた様子とに、蔑ろに頷きながらクスクスと笑った。 <-- --> 戻る |