text | ナノ

 体を小さく縮め、毛布も掛けないまま寝てしまった×××が、寝心地の悪さにぐずりながらうっすらと目を開けると、自分の現状が良く理解できた。逞しい胸板を目の前に、肩の下に腕を通され、ゴツゴツと其処だけが痛い。それでも包み込むように抱き締められたこの体制は、慣れたもので、×××は自分で体を捩りながら、丁度良い体制を探してミホークに擦りよった。
「ン〜、ぅ〜」
「クッ」
「んぇ?」
 固いー、と小さく文句を垂れながら、それでも離れようとしない×××に、喉の奥で漏らす笑い声が聞こえた。ぺったりとくっ付く彼女の耳に微かに振動が伝わり、何だかくすぐったくて、彼が笑ったのだと気付くと、一緒になってクスクスと笑った。
 独りぼっちで丸まっていた場所とは思えない空間だった。キッチリ目が醒めるまでミホークに纏わりつき、意識がハッキリとしてからは、ただただ羞恥に頬を染めた。ベッドの隅で膝を抱え、栗色の髪がクシャクシャの状態で、彼女の顔を覆っていた。
 気が付けば、辺りは、暗く日が落ちており、×××は自分が長く昼寝をしてしまった過失を責めた。今日のこと(仕事上の失敗)の一人反省会をしようと思ってたのにィ。彼女が後悔の念に襲われていた間に、ミホークは何も纏っていなかった上半身にシャツとコートを着込み、ボルサリーノを被り、背に黒い大太刀を素刺しで、背負った。ベッドの隅で、暗い影を背負う×××の頭をベシリと叩く。
「いたっ!な、何ですかァ!?」
「飯だ、外で食べる。用意をしろ」
「ぅ、ぁ、はいっ!あ、ちょっと待ってて下さい!」
 バタバタと騒がしく目の前を行き交う小さな彼女をミホークはドアに寄りかかった状態で静かに待った。
 街灯が灯り始めても、外は人が波のように×××に襲い掛かった。ミホークの後ろを付いて歩いている筈なのに、その小柄な体はどんどん押し流されて、上手く歩けない。
「ほわ、はゥ、ぁ、すみません、ひ」
 既にミホークを見失った×××は涙目でぶつかった人に謝った。なのに掴まれる腕。縮こまるように頭を竦めた彼女の髪に、面倒そうな言葉が落ちた。
「何をしている」
「ごめんなさい!ぁ、ミホークさん」
「…」
 竦む彼女を金色の目が捉え、細い腕を掴んでいた無骨な手を見た。スッと手放し、そのまま一回りも小さい柔らかい手を握った。
「ッ、…有り難う御座います!」
 引いて歩く背後から声が聞こえた。その明るい様子を背中で感じながら、金色の瞳がゆるりと溶ける。
 夜、賑やかな声が包む中、×××とミホークも小さく笑いながら談笑した。ミホークはうんうんと頷くだけだったが、×××はにこにこと笑い、あれこれを話すのだった。
 再び、夜の街に繰り出す二人。ミホークはチラリと×××を一瞥し、確かに後ろに居ることを確認すると、そのまま歩き出そうと、彼女から目を背けた。その背中に×××が物足りなさそうな声を上げる。
「あ…」
「何だ」
「また、手ェ、繋いで欲しいかなァ〜?って…?」
「…」
 もう、そこまで人で溢れている訳でもなく、街灯が暖かく灯って、二人を照らした。金色の瞳がおずおずと提案する彼女を見下ろす。何も言わない彼に、×××は出した手を引っ込めようとした。途中で取られる。
「あゥ、」
「仕方のない奴よ」
 クッと笑い、そのまま手を引いた。ピッタリとくっ付いて、笑う彼を見上げる×××もにこにこと笑ってキュッと手に力を込めた。
「有り難うございます!うふふ」
「…」
 金色の瞳がゆるりと細められた。眼下でふわふわと栗色の髪を靡かせる彼女を穏やかな気持ちで眺め、緩慢な動作で帰路を辿った。
 ミホークの雰囲気が柔らかいことに気付く×××は一層、彼の腕に絡まるようにして、上機嫌に謳うのだった。
「ミホークさんってパ…、お父さんみたーいィ」
「…」
 ふわふわと笑う彼女に、ミホークは閉口するのみだった。
 行くときよりもスムーズに宿に戻ると、×××はスルリと彼を解放した。カーディガンを脱ぎつつ、彼を仰ぎ見る。
「ただいまァ、あ、ミホークさん先お風呂入ります?」
「一緒に入りたいのか?」
「え!ちがッ、違いますよ!」
 ミホークが無表情のまま言う。×××は慌てて否定し、用意をしようかと思っただけですぅと頬を赤らめながらぶつくさ言った。
 帽子を取り払ったミホークが、ソファに向かう途中、彼女の頭をポンと叩く。通り過ぎて、ソファに体を静めると、ごそごそと晩酌の酒を取り出した。
「クッ、先程から主はまるで雛のようだったからな」
「え〜…、そうですかァ?ぁ、夢で家族に会って寂しいのかもしれません。…えへ、お風呂用意してきますね!」
「…」
 ポヤポヤと桃色の頬を隠すように手の平で押さえ、俯く。そのまま明るい声を繕うと、ミホークの脇をスルリと抜けて、洗面所の方に姿を消した。
 ミホークの風呂が終え、×××も濡れて、しんなりとした髪にタオルを当てる。何時か見た鏡に映る自分の顔は、情けなく眉は垂れ、やはり顔色が優れない。ニコリと笑顔を作り、頬をこする。
「…ふぅ、しっかりしよ…」彼は、もう私に構っていられないのだ。
 風呂から戻ってくると、ミホークは、月明かりが差し込む窓際の、一人掛け用ソファに、何か古びた羊皮紙を持ち、片腕で肘を付き、顎を乗せて詰まらなさそうに眺めていた。酒の類が、ティーテーブルにあるわけではなかった。
「ミホークさん?」
「あァ…」
 微動だにしない彼にそっと声を掛ける。低く唸って、彼女に合わせた金の目は、細められていて、×××は眠そう、と心の中で呟いた。
「ベッドで寝なくて良いんですか?」
「…」
 羊皮紙をティーテーブルに放り、ちょいちょいとその手で×××をてこ招く。小首を傾げて彼に近付くと、その側に来た瞬間に×××は腕を取られ、そのまま引きずられるようにミホークの股の間に座る。
「わっ、きゃァッ」
 突然の行動に、×××は恨みがましい目をミホークに向けるが、何の反応もなく、もぞもぞと身動ぎして、離れようとすると、ミホークの逞しい腕がそれを阻止した。
「ジッとしていろ」
 一体何なのだと問うことも出来なくなった×××は、頭を彼のみぞうちに打ち付け、ムスリと口をへの字にしながらその手元を眺めた。
「…(海、図かな?)」
「…」
 ミホークは、静かに海図を眺め、時折本のページをめくった。そして思い出したかのように×××の髪を撫でた。初めはピクリと反応した×××も、しっとりと濡れていた髪が元のふわふわした髪質に戻る頃には彼の動作も気にせず、くぁと小さな口を開けた。
「ふァ」
「寝ても良いぞ」
「ン〜」
 カクンと船を漕ぐ×××がもぞもぞと体制を変える。ミホークの体にピッタリと体をくっつけ、耳を胸に押し当てた。穏やかな鼓動が×××に伝わる。

 ふつう通りにお店に顔を出した×××は目を見開く店長に迎えられた。第一声は上擦っていた。
「おや、×××ちゃん。今日はミホークさん、出航する日じゃないのかい?」
「はい、そうですけど、どうしました?」
 おはようございますと頭を下げ、サロン・エプロンを取り出す。すっかり形になっていた。店長が彼女を目に留め、ブンブンと首を振る。
「え、お見送りは?」
「え?」
「え?」
 キョトリとお互い視線を絡ませ、先に×××が苦笑した。
「あ〜、寂しくなっちゃいますから!それにミホークさん、そう言うの好きそうじゃ無いし…」
「×××ちゃん!良いよ!行っておいで!特別に休暇にして上げる。ミホークさん、きっと×××ちゃんを待ってるよ。彼の船の場所は分かるかい?」
 しょぼんと眉をハの字にして笑う×××に、店長は彼女の手にあったエプロンを取り上げた。
「え、と、分かると思いますけど」
「なら急いで!もう行ってしまうかもしれない!」
「でも、何で店長そんなに急いでるんですか?」
「君の泣き顔は見たくないからねッ。はい、これはお給料!ほらほら!」
 入り口付近にある備え付けの棚から茶封筒を彼女の手に押し付ける。入ってきた扉に背中を押されながら押し出されそうになる×××は首だけ後ろに向けようと努力した。慌てる彼の顔が見たかった。
「え!もう頂いたのに!」
「しっかりね〜!」
 バタンと閉じる扉を見つめる。手には茶封筒。
「…」
 店長の表情は窺えず終いで、×××は手元に目を落とした。茶封筒。
 原因不明の焦燥感がジワジワと×××を襲い始めていた。店長は早く行けと言った。
 歩いていた足の、繰り出される速さが早く早く、と急かすように増した。海岸へと繋がる森が見えた時にはその足は走り始めていた。
「――ッハ!―ハァッ、――はぁッ、んくっ」
 彼に出会った時、裸足では怪我すると言って、×××より何回りも大きいコートで包んだ彼女を抱いて歩いた森を、抜ける。彼の歩いた歩調とは全然違うのに、走っている彼女は海の波音が聞こえるまで、何倍もの時間を要しているように感じた。
 視界は何時の間にか星の砂で埋め尽くされた海岸になっていた。パッと顔を上げる。顔に張り付く色素の薄い髪を、×××は乱暴に取っ払った。
「やっと来たか」
 低く、何の感情の起伏もないミホークの声。パッと顔を向ける。膝に手を付いて、息を整える。ゆったりと近づいてくる彼に息も絶え絶えに側まで駆け寄る。
「ハァ、はぁ!――ミホ、ークさ、ん!ハァ――あの!私、」
 彼は、以前と同様に、海を眺めていた。違うのは、彼女がキチンと立っていることと、視線の先に浮かぶ棺型の黒い小船が波間に揺れてチャプチャプと音を立てている程度。
 ×××はもう一度息を整えるように胸を掴んだ。はあはあと息を吐く彼女をミホークは無言で待った。
「あのっ、店長から頂いたんです。これで全てお返しになるかと…」
「…」
「ミホークさん、私本当に嬉しかったんです、一人であそこに座って、もう駄目かと思ったんです。でもミホークさんが助けてくれて、」
 海を見つめる金色の目が彼女の茶封筒を捉える。グイと押し付けられるそれを懐に入れると、再び海を見た。
 ×××の声が波間に溶ける。
「私、感謝してもし尽くせないくらい…っ、あのっ、もう出航、するんですよね?さみっ、寂しくなりますけど、私頑張りますから!ミホークさん、どうぞ、ご無事でっ」
 ヒッ、と詰めた声。下唇を噛み、プルプルと震える指先。ミホークが俯く彼女を漸く目に留めた。影になった金色の目がギラリと輝いている。
「…主は、変えられる未来を望まないのか」
 吐き出された声は重く厳しい。×××が顔を上げる。ツ、と一筋涙が頬を滑る。
「え?」
「おれは主を拾ったが、拾われた主は自分で勝手に主人を捨て置くのか」
「ミホーク、さん?」
「×××よ、おれはまだ主にとって父のようだと言うか」
「…」
「家族が居ると言ったな。その穴をおれで塞ぐ事さえ思い浮かばないか」
「でも、私、邪魔じゃ」
 ×××の言葉に被せて矢継ぎ早に言う。問い詰められた夜を思い出す。×××がとうとう、両目からせき止められなくなった涙珠を零す。涙の味がした。
「×××!―おれが許す!来い!」
 叫んだ。一瞬、×××の頭が真っ白になる。目を見開いたまま、彼を見ると、腕が誘うように広げられ、惜しみなく晒された胸板。銀色の十字架。
 ×××は鉛のように重かった足を上げた。思ったよりも軽かった。
「っ!ミ、ミホークさん!連れてって!」
「初めからそのつもりで主を拾った、二度と言わせるな」
 ギュゥ、と力強い抱擁。×××も万力込めて背中のコートに皺を作った。
「×××が愛おしい、愛している唯一の女だ」
 包むように抱き込んで、耳元で囁く。一層嗚咽を上げた×××は辛うじて、私も!と叫んだ。二人の間に空気が入り、そしてまた追い出す。
 がむしゃらに押し付けた唇からは涙の味がした。
 幸せの、味がした。

鷹、迷子の子猫の飼い主になる。

---呟き
お幸せに!
身長差カップルの完成!
ミホーク犯罪!あ、海賊だからもう犯罪者か。
問題ない大丈夫だ。
きっとこの後、ドフラミンゴに散々からかわれるんですね。きっと彼が会議に参加した理由は彼女ですね。
何とも暑苦しい!
お幸せに!
<-- -->

戻る