「これに合う服を」 そう札束と共に言い捨てられた×××は、ジュラキュール・ミホークだと認識し、ハキハキと返事を返した店員達に奥へと連れ去られた。 「あら、潮風に当たりすぎてしまったの?肌が赤いわ」 「こちらは如何?元々の肌に合うわ」 「ミホーク様の隣に並ばれるならもう少し女らしさをね」 「あ、あの!もう少し大人しいの…」 「お客様がそういうなら…、これとか如何かしら?」 「こっちも良くお似合いよ」 「(ワンピースの世界のお姉さま方の押しが強すぎる。しかも派手…)」 綺麗に着飾られた女店員達にもみくちゃにされ、何とか色気もへったくれも無いようなパンツを三本、上を五枚程、また軽く羽織れるカーディガン、下着を四セット程を勝ち取ると、それでも有り余るほどの札束が店に放置され、お礼も程々に、ミホークに店から引きずり出された。 「おつり!あんなに出す必要なんか無かったのに」 「随分変わったな。先程の方が大胆だった」 「あ!あれは、不可抗力なの…っ、元々こんな感じでした!」 カッと熱くなる頬を抑えて、キロリと控え目に非難を込めた目で見上げる。ミホークが彼女の視線を悠々と受け止め、数ミリ口端を持ち上げた。 「そうか」 サッと目を戻す×××。ク、と息を呑み、今度は普通に彼を見上げ、問う。 「ミホークさん…。これからどちらへ?」 「直ぐに出航は出来ない」 「え、じゃあどちらで過ごされるんですか?」 「何時もなら、酒場で女を捕まえるが」 サラリと恥ずかしい事を言う。×××は赤くなる頬を抑えることが出来なかった。俯く×××をミホークが不思議そうに見下ろす。 「そ、そうですか。じゃあ…、私とはここで、あ、ご心配無く!ちゃんと服代はお返ししますので!」 「何故だ」 「え?だって借りたのは返さないと…」 「主、一文無しで過ごせるのか」 「住み込みで働ける所を、探します」 言ってはみたものの、×××に自信は無かった。高校はバイト禁止で、仕事などしたことが無かった。しかし、ミホークが出航してしまえば彼女の頼りになる人など居なかった。今、ここで働き口を見つけなければいけないのは最早必須であった。 「宿くらい取れる」 「悪いですよ、私一人のために、これ以上借金はしたくないですし」 「おれが主を拾った。勝手に出て行くのは許さん」 苛立ちを隠そうともせず、ギュッと眉を顰める。×××はその言い分に何も言えなかった。 「えぇえ、」 「たまには宿にも泊まる、文句も無いだろう」 「…はぁ、ありがとう、御座います」 ふん、と鼻を鳴らし、ミホークは歩き出した。服の入った紙袋をサッとかすめ取られ、×××は慌ててそれに付いて行った。 「はぁ、ミホークさんっ、どこへ?」 「主は、…鳥頭め」 ハァ、と×××を憐れみが滲み出る目を×××に向ける。 「ええ!何故ですか!?」 「うるさい、宿をとりに行く」 「あ、はい…」 しょぼん、と効果音を付けたように首をカクリと落として頷く。足のコンパスの違いから生まれる距離を埋めようと、小走りになる。 「…」 気付くと、ミホークは×××のすぐ隣でゆったりと歩いていた。息をハア、と吐いて見上げると、金色の目が細まった。×××はギラリと輝く瞳を見て、キュッと心臓が縮まった。頬を赤らめて、それを俯く事で隠した。 彼の斜め後ろに付いて、広くは無いが、まだ活気に溢れる街を歩く。興味津々に周りを視線を配る。ブティックにレストラン、飯屋、酒場、他にもアイスクリームパーラー。宿屋が、見つからない。ミホークは目的地を決めているのか、歩みに迷いは無い。 「あの、ここ酒場、じゃないですか?」 「…」 チロリ、と×××をみる目に感情は籠もっていない。そのまま入っていく。途端に広がる静寂。×××はびくりと肩を揺らした。 気にしないのはミホークだけで、目を見開いたカウンターの向こうの店主。じろじろと彼を窺う周りの目、一部は後ろを付いて歩く小柄な彼女ゆ不躾な視線が舐めた。 「宿を探している」 「はへ!?あ、ああっ、この街には一つしか無いですからね!あそこに行くと良いです!でも唯一と言っても大きいですからっ」 「承知した」 入り口付近より少し奥に入り、びしびしと当たる視線に顔を伏せていた×××はミホークの言葉に、そそくさと歩を外へ変えた。 「一週間だ」 「?」 外に繰り出した×××は、降ってくる言葉に小首を傾げた。ミホークの言葉が続く。 「ログが溜まったら出航する」 「はいっ、あの!私、仕事を探しても良いですか?」 あ、と目を見開いた彼女は、直後声を上げた。彼は、一週間で離れると言うならば、×××は必然的に一週間以内で身元を安定させねばならないという任務を請け負ったと考えていた。 「…明日にしろ。今日はもう遅い」 「はい」 ミホークがじろりと彼女を見下ろし、呟く。ニコリと笑って了承した彼女の顔を暫く見つめて、コートを翻した。 再び静寂に包まれ、それは宿の一室に落ち着くまでだった。 夕食のルームサービスをミホークがとり、×××はペコペコとお礼を言う。 「主、ではこの世界が四つの海に別れていることは?」 「え、と、…太平洋に、大西洋、日本海、北海、インド洋、あ、五つになっちゃった…」 「…北海(ノースブルー)しか合っておらん」 「え!(ワンピースって地球じゃないのか!)」 ハァとため息を付くミホークに、×××はう、と息を詰まらせ、苦笑いした。 「まぁいい。一つの大陸、レッドラインと垂直に交わるグランドラインに分けられたノースブルー、サウスブルー、イーストブルー、ウェストブルーの四つの海だ」 「…はあ」 面倒そうに紡がれる言葉は重く、×××は感心したように生返事をした。本格的に自分の居るこの環境が異質であることを感じた。 「この世の三大勢力も分からんのだろうな」 「…アメリカとロシア、アジア諸国、じゃないんですよね」 「海軍、王下七武海、四皇」 呆れた表情は、流石に窺えた。×××は新しく響く単語にコクコクと首を動かし、必死に現実にすがりついた。 「…ミホークさんってすごい所に所属されていますね」 「まあ、それが分かっていれば十分であろう」 多分、細かい話をするのが面倒なのか、世界情勢を話すときには食事も程々に、酒を煽っていた。ク、と首を引き、ソファに深く沈む。フゥ、と吐く息は煽情的で、×××はお酒を注ぐ手を止めた。 「飲み過ぎじゃあないですか?」 「…」 酌を求める手は止まらない。×××が注ごうとしないことが分かると、ミホークは眉根をキュッと寄せて×××の持つ酒瓶を取り上げた。×××は強引な彼に少し驚き、でも、と思い直して色々を諦めた。 「私、先にシャワーをいただいても宜しいでしょうか?」 「是」 「はい、行ってきます。ミホークさん、余り飲み過ぎないで下さいね」 ス、と彼のそばを離れる。返事は無かった。 これも彼の性格だろうと、×××は思い、少し子供っぽいなとクスリと笑った。 カラスの行水程では無いが、女にしては早くシャワーを終える。水を吸って重くなった髪の水気をとりながら、洗面台についている鏡を見た。ヒョロリと細い手が、火照った頬を滑る。顔色が優れない、と思った。ドアの向こうの気配を感じようとする。今いる自分の世界を思い、垂れた眉をニコリとあからさまな笑みでごまかした。 「(ミホークさん、)」 今、お世話になっている人。こんな表情してたら悪いな、どうなるか分からないこれからを思って落ち込むより、今の生活に明るいものを見出さなきゃ。ニコリと笑って、半乾きの髪をフルフルと広げる。 「シャワー…」 漸くバスルームから出た×××は、この部屋にある唯一のベッドに転がるミホークを見て、口を閉ざした。ソファの側にしゃがみ、ルームサービスで食べて残った食器を纏める。酒瓶は空でグラスにも氷が溶けて水しか残っていない。×××はそれらを全て纏め、部屋の外に置いた。 「…」 引っ張り出した毛布。一枚を彼に、残り一枚を自分にと、ソファに腰掛け、膝を自分に寄せる。彼の毛布は穏やかに上下に動き、眠っているのが分かる。 「…おやすみなさい」 小さく囁く×××は微かな笑みを浮かべ、クッションを枕変わりに、ずれて、倒れるように横になった。小さい体は今日の疲労を表したかのような小さな寝息に変わる。 子猫、鷹の懐で夢を見る。 <-- --> 戻る |