text | ナノ

 拾わなければ良かった。何て、
「何故、従順じゃないか。キッド、お前が望んでいたモノだろう?」
 確かにそうかもしれない。だが、それはある程度常識を兼ねているそれだ。人間が欠かせない三大欲。食欲睡眠欲性欲。満たせるのが全くない。
 鈍い骨と骨がぶつかり合う音が聞こえる。若干の水を含んだような何か重たいモノが落ちる音。続いて呻き声。到底人間のモノとは思えないそれ。
「死ぬぞ、」
 マスクを通して、多少曇るが、音は部屋に響いたように感じる。
「…」
 ―!痛い!あ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ!
 ―ぁあ。っ!あ、あ、あ…あふうっあ、モォっは、ああ
 ―ユースタス、キャ、ぷてん、キッド…?
 ガシャァアン!!
 手の甲がアツイ、何か液体が、肌を滑るような感じがして…。
 見つけたのは偶然だった。略奪していた船を沈めるために、獲物を探しつつ、船底に行った時。宝の箱ではない、鉄の檻にぶち込まれた人間。
 本当に気まぐれだった。アノ騒ぎの中。聞こえなかったのか、静かに寝ていた。もしかしたら、疲労にただ体を横たえ、目を瞑っていただけかもしれない。今はそれを確認する術は無かったが。閉じられた目の周りには殴られた後、布を巻き付けた体。見える手足は枯れ木のように細い。見える肌は、薄汚れて、血なのか、泥なのか、…。14、5才程に見える小さな体躯。
 何故か加虐心を擽られ、荒々しく檻を蹴っ飛ばした。ビクリ、と体が震えて、バッ、と体を翻す。目、そう。目が綺麗だった。見開かれた目は汚れを知らないブルーで、ただそれだけで、拾って帰ろうと思った。傍らに控えていた彼には、適当な言葉で言い繕った記憶がある。それは従順そうだからと言ったかもしれない。
 殴られすぎたのか、片方の耳は聞こえていないことが分かった。無性に苛々した。前にも受けていたであろう暴力を振るった。一瞬ビー玉のような瞳が曇った。拒絶をしなかった。
 だから、また気を良くした。優しくしてから、酷い事をすれば、もっと明らかな変化に面白くなった。
 だが、次第に苛々は募っていった。ビー玉の瞳は揺らぐこと無く、また全てを受け入れた。自然と猫可愛がりする時間が無くなっていった。
 床に転がっていたモノが動いた気配を感じた。キラーの言葉で飛ばしていた意識を下へ下げる。相変わらずまとう布切れは、白いところを失っていた。
「ゆ、ユゥスタ、すきゃぷ、テ、ンキッド」
 違う。
 床に這い蹲る白痴を目に止める。ブルブルと震える手を伸ばし、俺の甲に伝う血を拭うように舐めた。べったりと、口の周りが赤で塗れ、口紅が擦れたように見えなかったのは、それが年端もいかぬ小娘だったから。
 何かが、違うのだ。この小さな生き物は。乱暴に振り払うと、割れたガラスの上に転がった。
「あう!」
「…」
 キラーは何も言わずに傍観に徹した。命の危険では無かったから。痛みから逃げようと、手を付く。そこにもガラスは存在し、痛々しい悲鳴を上げた。
「おい、大丈夫か」
 小さな体を腕ですくい上げ、先ほどぶん殴った頬に手を添える。空気を包み込むような優しさにつくづく自分は似合わないとおれは喉の奥を鳴らした。
 ビー玉のような目がおれを見、おれの表情が柔らかくなったと感じたのか、同じ様ににへらと喜を示そうと表情筋を弛緩させた。
「大丈夫か?イエスかノー、…言え」
「イエス」
 言えると思わなかった。以前は何を言っているのかさっぱりとばかりに口を閉ざすか、オウム返しにしていたのに、ぽろりと簡単に肯定の言葉が出てきた。
「そうか、どこで返答を覚えた?」
「?」
「キラーか?」
「?」
「イエスかノーを言え」「イエス」
「キラー」
 おれの雰囲気がどろどろと暗く帯びているのをコイツは知らないのだ。だから、まだキョトンと目を見開き、思い出したように、おれの表情を真似する。にへらと笑う口をもぎ取りたくなった。
 コイツの答えに、おれは入り口付近に佇むキラーに刺すように見た。フルフェイスのマスクは微動だにせず声だけが漏れる。
「違う、ドレッドだ。生憎イエスしか教えていない」
 その言葉に、おれの感情がそのまま行動となり、コイツの頬を張り飛ばすこととなった。しかし、抱えている体はおれの腕の中に残り、顔が向こうを向く。頭部を掴み、正面に向けた。
「痛い、だ。痛いか?と聞かれたら、イエスと言え」
「イエス」
 絞り出すような声。痛みに歪められた顔に、ブルーの瞳は生理的な涙でキラリと揺らめいた。
 バチンバチンバチン――
 頬が真っ赤に腫れ上がり、まともに返事もままならなくなって、漸く肯定否定を覚え、良い子だと頭をなぜた。
 痛みに震えながら笑おうとするコイツをキラーに押し付ける。
「ドレッドは」
「放っておけ」
 静かに出て行く二人に目を向けることはなく、興味を失ったようにソファに身を落とす。微かに熱を孕む手のひらを注視するおれは、あの目を思い出した。
 ビー玉の様な目に惹かれた。悲しみ、痛みに耐えるとき、感情を殺したような深い青をもっと見たいと思った。だから、手を上げるし、戦闘で気分が高揚すれば犯した。だが、長くは続かなかった。何時しかそれに苛々するようになった。どう解消して良いか分からず、ただ、怒りに任せて打ちのめした。
 だから、あの瞳だけくり抜いて、しまえば、拾っていなければ、こんなうざったい感情を持つことは無かったのだろうと思うのだ。
 おれはどうやら…。


独裁者の憂鬱


---呟き
キッドひっでェ。進まないし続かない。
救いはあるのか?
この後、本当に目をえぐり出そうとする彼をキラーは止めるか?いや、止めない。
バッドエンド!


うそ、ドレッドが止めます。
タイトルby 水葬

11/06/13
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