「マルコ〜」 その声を聞いて、マルコは何やら嫌な予感がした。思った直後には、正に忍び足、に急ぎ足。猫だからこそ出来る芸当で、無音で物陰に隠れた。 直後、×××がひょこり、と部屋に顔を出す。あれ、何処だろうと珍しい独り言を呟いて、返事の来ない呼び掛けを繰り返した。 「マルコちゃーん。出ておいで〜」 猫なで声が近付いてくる。既に気配はすぐそこに迫っているのが良く分かった。案の定見つかったマルコはぐったりと最後の抵抗のように脱力し、動きたくない意志表示をした。それが彼女には都合良く諦めたのだと思わせるだけだったとしても。 「マルコ、体を洗っちゃいましょうね〜」 ギクリ、耳が俊敏な動きを見せて、顔も強張ったようにみえた。キュ、と抱き直される腕に、爪は立てられなかった。準備万端とばかりに腕捲りをしてあったそこは、白い柔らかい腕だった。 無抵抗に風呂場に突っ込まれる彼に、×××は大人しくて良い子ね、と撫でられたが、それどころでは無かった。まさか良い年をしたオッサンが若い女性に体を弄られるとは思わなかった。猫で居るため、普段から何も着用していないのは、もう慣れたが…。それとこれとは別で、ショートパンツに着替えた彼女が風呂場に入ってくると、マルコはあからさまに端っこで縮こまった。逃亡を図るところまで脳みそは働いてはくれなかった。 「さあさ、綺麗にしましょうねェ〜」 シャワーのコックを捻り、水量は抑えられている。適温のそれを耳に入らないようガードしてくれている彼女の気遣いは通常なら喜べるものだが、マルコはピルピルと情けなく身を縮こまらせるのみだった。声も心なしか情けなく響き、×××の同情を煽った。止めはしない。 「お湯加減は如何ですか?」 「痒いところは?」 ウナー、にゃーにゃー、と鳴くマルコに×××は微笑みながら動かす手を止めなかった。ちゃんと返事を頂戴よ、と言う彼女にマルコは声を上げた。 「勘弁してくれよい」 「何が?」 「くすぐってェ」 「あ、性感帯にでも触れた?」 「にぎゃ!?」 「ごめんね〜」 平然とした表情で目をパチパチと瞬かせ、尻尾の付け根を揉むように洗う。怯んで、痛ましい鳴き声。続く、全く反省が窺えない彼女の言葉にマルコは脱力した。 散々良いように体中を綺麗に洗われ、濡れそぼった体は何時もより、体積が減って、貧相に見せた。それが、余計彼を惨めな気分にさせた。 やっと、羞恥の時間が終わり、ふわふわのタオルに包まれ、軽く水分を取られる。カシカシと軽く手を動かされている筈なのに、ぐらぐらと揺れる体を彼は懸命に堪えた。仕上げにピルピルと体を震わせ、水分を吹き飛ばす。 「あわわっ!マルコ、」 「すまねェない」 「良いけどさ。ビショビショだったわけじゃ無いもの。じゃ、次ドライヤーいくよ〜」 「にゃいよ」 ブオー、と低い音を立てて、暖かい空気がマルコの毛をなぞる。あっちにもこんなのが有れば良いなあ。と思いつつ、同時にマルコの体を撫でる×××の手に、彼の目は閉じられ、気持ちよさ気に体を委ねた。 ふわふわと頭を撫でられ、ふと×××が小さく息を籠もらせるような笑みを浮かべた。マルコの片目からスカイブルーが覗く。 「はい、終わり」 「ふにゃぁ、ありがとよい」 「どうも」 よたよたと気持ちよく微睡んだまま、部屋へ戻ろうとするマルコの頭を最後に一撫でし、見送る。 ×××が後片付けを済まし、ベッドに戻れば、彼は彼女のベッドで小さく丸まっていた。ふわふわと毛が彼の呼吸に合わせて緩やかに震えている。×××はもう一度、くふ、と笑って、隣に座った。 その重力によって形を変えられ、小さく痙攣すると、徐に頭をもたげた。小さく口の中で転がすような謝罪を落としつつ、手で頭を包んだ。 「ね、マルコ。頭の毛、まだ産毛かな…?何だかそこだけ変に伸びちゃってるから、揃えるよ?」 「、にゃ!?」 「ん?」 「や!やめろい!」 「え?」 ハサミを持ち、片手で髪を挟み、今にも切り取られそうな状態で×××は彼の顔を見た。しっかりと覚醒した彼は、緩く挟んだ手からサッと毛を脱出させ、軽くなった体を俊敏に操り、あっと言う間に彼女から離れた。ハラリと刃に引っかかった毛が数本彼女の手に舞い降りた。 「マルコ?」 「いや、駄目だいそれだけは、×××はおれの残り少ない毛をどうしようってんだい!」 遠くで、背中の毛を立たせ、必死な威嚇。フシャー!と激しく鳴き、被さるように、寡黙な彼にしては饒舌になった。 「…全身毛まみれだよ?」 余りの動揺をみせる彼に×××は控え目に主張し、もう切る意志を無くしたのか、ハサミを収めた。 「う、産毛は大事にとっておくもんだよい。この薄情者!鬼畜!冷血!」 ハサミが大人しく仕舞われるのを目で追ったマルコはそれでも×××に近付こうとはせず、親の仇でもみるかのような目(猫であるのに、なんとも表情豊かである)で×××を激しく非難し、最後の方は小声でまくし立てた。その罵詈雑言の有り様に、×××は本格的に罪悪感に塗れたのか、眉を下げながら、マルコを伺うように見つめた。 「えっ、と…。ごめんね?」 「え!?あ、いや…おれも言い過ぎたない、すまねェ動揺しちまった」 そのしおらしさにやっと正気に戻ったのか、ハッとして、小さく座り込む。尻尾は体にぴったりと巻き付けられていた。耳は垂れ、自分の取り乱しように落ち込んでいるのか、顔を俯かせ気味である。 その後、何となくその話題からは離れ、ハサミは彼の目に映らない所に仕舞い込まれた。 毛の話し 気になる人はとっても気になる。 良し悪しの方向は関係無く。 ---呟き とても気になる彼。 それは全身が毛を纏おうとも拭われるものではない。 自分彼をなんだと思って居るのだろう。 <-- --> 戻る |