十代#音信不通の十代 | ナノ
月に一度は必ずかかって来ていた彼からの電話が来なくなってから、かれこれ五年の月日が経とうとしていた。郵便受けの手紙を回収し、不在連絡票の日付を見て、最後に電話がかかってきて彼の声を聞いたのは今日でちょうど五年だと気が付いたのだ。月日はなんとも無情なものだ。待てと叫ぼうとも否が応でも何もかもを置き去り、過ぎ去って行く。社会に生きるものとして私の足は無理やり歩かされる、立ち止まることなど許されないのだ。しかし私の中の彼は止まっていて、私は彼を置き去りにしてるのだ。どんどん私と彼は離れていき、いつしか忘れてしまうのだろうと思う。しかしそれはどうしようもないことだ、だっていつだって連絡はあちらからで、おまけにどこかの公衆電話やお店の電話でかけてきたものだから、私から連絡がとりようもないのである。五年も連絡がないものだから、いつしか彼はどこかで野垂れ死んだものと思い始めた。アカデミアにいた頃から、彼はどこから生き急いでいたものだから、それも不思議ではない、そんな風に思ったのだ。
ばさりと手紙の束をカウンターに放り投げると、一際目を引く封筒が一つあった。エアメール?海外にいる友人に心当たりはない。彼以外に。ゆっくりとその封筒を手に取り、送り主を確かめようとしたが、そこには送付先の私の住所しか書かれてなくて。私は乱雑に封筒を破いた。中には手紙なんてものは入っておらず、そこにあったのは指輪が一つだった。彼が旅立つ前に頼んでもないのに何故だか買ってきた同じデザインのペアリングの、片割れ。もう一つは私の右手の薬指にはまっている。私はそれを指にとって光にかざして見た。最後に見た時より薄汚れたそれ。なにを考えてるんだか、そう思いながら私は右手の中指にその指輪を通した。不思議とサイズがぴったりで、そう言えば彼は男性にしては華奢な身体つきだったと思い出した。同じデザインが仲良く並んだのを見て、変なの、と呟いた。それから私は郵便物の片付けに取り掛かった。
「なんでおんなじ指輪を二つもつけてんだ?」
「なんでって言っても…。ペアリング送り返されてきたから」
「送り返されてきたあ?」
はあ?と言ったような顔をしてヨハンは私を怪訝そうに見つめた。まるで可哀想なものを見るような目に無性に腹が立つ。
「それ振られたってことだろ」
お前ってば男を見る目がないんだな!とヨハンは高らかに笑う。なんとムカつく男だろうか、せっかく急な呼び出しに付き合ってやってるのに人を小馬鹿にしやがって。あんた十代の自称親友なんでしょ、親友に対して酷い言い草だな。今日は奢ってやると言っていた彼の言葉を思い出し、嫌がらせに好きなもんを好きなだけ頼んでやろうと店員さんを呼んだ。なんてったって滅多に来れない美味しいスイーツが目白押しの人気カフェ。満足するまで食べてやる。
「振られたくせになんか楽しそうじゃないか」
「まあね。なんてったって死んだと思っていたから。生きていたとわかってこんなに喜んでる自分がいて、正直驚いてる」
「五年も音信不通じゃあな。そりゃ死んだと思うのも普通だ」
ヨハンはそう言って、仕方ないなとでも言うように笑った。時が経つのは本当に早い。アカデミアを卒業してヨハンはワールドリーグのプロになって、今も世界中を飛び回っている。私は国内リーグの運営に携わる仕事をしていて、毎日ヒーヒー言いながら駆けずり回っている。馬鹿みたいに笑いあっていた学生時代からは想像もできない位、私たちはちゃんと自立して生きて行っているのだ。これだけ私たちは変わったのだ。彼はあちらでどんな経験をして、どんな風に変わっているのだろう。きっと私の想像を遥かに超えているに違いない。在りし日の彼の子供みたいな笑顔を思い出して、自然に笑みが零れた。
「次、十代から連絡が来るのはいつになるんだろうな」
「十年後とかじゃないか?」
茶化すようにヨハンは笑う。冗談のつもりだろうけれど、五年も連絡を寄越さなかった彼ならあり得ないこともない、そう思わざるを得なかった。昔は連絡がないのは寂しいと思ってはいたけれど、今はそうでもない。きっとどこかで自由に生きている、彼から指輪が送られてきたことで、そう思えるようになったのだ。
五年も待つことができたのだ、十年だってそんなに変わらない。二十年だって待ってみせるよ。いつか彼が帰ってくるその時まで。
20160505--------------