カイザー#羨望 | ナノ
「羨ましい」
それが私が彼に抱く感情だった。私の呟きを耳にした彼は少しだけ眉を顰めながら私を一瞥した。鋭い眼光に捉えられて私は髪の毛を弄ぶ指先を止めた。そして彼の視線と向き合って、それから笑みを零す。そんな私に対して彼は、わけがわからないと吐き捨てた。羨望を抱かれているというのだから、少しくらいは喜んだっていいのに。でも、それは私が予想した通りの反応だった。そうやって呆れたように吐き捨てることが出来るのだって、彼が他の誰より輝くものを持っていて、それを発揮できる場面というものがあるおかげだ。
デュエルリングに佇む丸藤亮いう男を初めて見た時、彼は私と違う世界に生きる人間なのだと思った。
持つ者と持たざる者。たったそれだけの差。たったそれだけで、驚くほど広い差。
「きっと私は丸藤が嫌いなタイプの人間だと思う」
私の言葉に、意味不明だという表情をした後、丸藤はため息をついた。それから、さっさと趣旨を話してくれ、と言いたげな彼の視線が嫌という程突き刺さる。
私は丸藤を羨ましいと言った。アカデミアの生徒なのだから当たり前に日々デュエル勤しむ。勝つこともあるし負けることもある。毎回試合が終わった後どうしようもない思いが私の胸の奥底から湧き上がってくるのだ。全力で時間をかけて、対策を、戦略を積んできたとしても、どちらか一方は、たった一試合でその努力はあっけなく散っていってしまう。その悲痛な現実が、私はどうにも不愉快だった。なんて割に合わない、と。
時にはなぜそんなことに労力を費やすのか分からない、と考えたこともあった。もちろん、デュエルの試合以外の日常でも。私の脳内はなぜだか残念なことに無意識に物事を損得の大きさで考えるように出来ていたのだ。
あなたはきっとそんな考えで生きてこなかっただろう。損得、そんな考えが微塵もないまま、デュエリストとして生きてきたのだろう。だからこそ、デュエルリングの彼は凛として、真っ直ぐで、羨ましい。
「努力が一瞬で水の泡になって潔く受け入れるようになんて人間うまく作られていない。
だったら努力しない方がマシって思うの。
でもあなたはそう感じたことがないのだろうなと思って」
彼は私を真っ直ぐ見ていて、思わず目を逸らしてしまった。
「努力が必ず報われなければ嫌だとでも言いたげだな。俺は別にいつも報われようとだなんて思ってはいない。ただ、デュエルを愛しているだけだ」
愛、彼の口から飛び出したその言葉に、思わず苦笑が込み上げた。私のものさしは損得だ。
それは何かに行き詰ったときに無意識に使われる。そう、言わずもがな、恋愛や愛情と言ったものにまでだ。
好きな人が出来たとして、得るものの正と負を嫌でも考えてしまうのだ。私が丸藤を好きでも、丸藤が私に振り向くわけがない。私なんかがいくら頑張ったとして、恋愛成就なんてどのくらいの確立だ。きっと百万回生まれ変わって数回がいいところかもしれない。もし告白をしたとして断られたときの辛さを考えたら、努力をする気にはなれないのだ。
羨ましい、羨ましい。私も彼のようだったら、と願う日々。結局はないもの強請りでしかないというのに。でも持ってないものだからこそ、欲しくなるのだ。私がこんな人間でなかったとしたら、彼は少しくらいは私のほうを見てくれたかもしれない。
羨望
20240504--------------