「少しずつ遅くなってきてる?」
「駅が近いんでしょうか」
サクラは隣に座る小狼の横顔を見つめる。
彼の顔を見るたびに思い出す先程の図書館での出来事。
小狼が流した涙のことがずっとサクラの頭から離れていかない。
胸が締め付けられるような痛みを覚え、悲しそうな面持ちで視線を下ろした。
そんなサクラの表情に小狼は気づき、「サクラ姫?」と声を掛けたのだが、やはり彼女から返ってきた言葉は心配掛けまいとする気を遣った言葉だった。
「着いたみたいだよー」
「モコナたちはまだやってるの… 」
はぁ、と溜め息を吐き小狼とサクラに目を向ける。
「降りましょう」とサクラに声を掛け小狼は先に電車の降車口へと向かって行き、そしてその彼の後ろ姿を不安げな表情で見つめるサクラ。
「大丈夫。小狼君、きっともう元気だから」
「だと良いんだけど…」
「サクラがそんなじゃ小狼君余計に心配しちゃうよ。ほら、見てよあの黒様とモコナ。あんなんだよ?」
「てめぇ聞こえてるぞ」
ギロリとこちらに目をやる黒鋼を見て、名前とサクラはクスクスと笑った。
「名前さんありがとう」
「どういたしまして。さぁじゃあ行こっか!」
早く行かないと皆に置いてかれるよーと言いサクラの手を取り走り出す。
サクラもそんな彼女と共に仲間の元へと走り出した。
*
「ここかよ」
「ビブリオって都市らしいよー、黒ぽん」
黒鋼の頭の上に乗るモコナに向けてその言葉を口にするファイ。
勿論黒鋼は彼のことをきつく睨み付けたがいつも通りファイは全く動じることのないまま手にしていた地図を再び確認した。
「…大きい」
「あれが中央図書館」
一行の目前に広がるのはとても大きな建物とその扉。
先程訪れた図書館よりも更に大きいそのスケールに少しの間開口することさえできなかった。
「感じる。微かだけどサクラの羽根の感じ」
モコナがそう言うと強風が突然前から襲い掛かり、それが漸く止んだかと思うと次の瞬間には凶暴そうな大きな動物がこちらをじっと見て構えていた。
借りるだけー借りるだけーと歌いながら呑気にどうにかその場をやり過ごすファイ。
そのお陰かどうかは分からないが、取り敢えず何事もなく無事図書館に入ることを許されたようだ。
「あれが番犬とやらか」
「やーなんか怖かったねぇ」
「なんだか怒ってたような…」
後ろを振り返り番犬たちを見てみると、やはりまだこちらを睨んでいる。
「分かっちゃったんじゃないかな」
モコナが深刻そうな調子で言った言葉にサクラと小狼はハッと目を見開いた。
が、次のモコナの言葉で二人は思い切り脱力することとなる。
「黒鋼が悪いヒトだって。顔だけで」
「顔かぁ」
「黒鋼の顔見たら誰だってねぇ…」
ファイと名前が顔を見合わせると同時に黒鋼は逃げるモコナを全速力で追い掛け、物凄いスピードで彼等は階段を駆け上がって行く。
「はい図書館では静かにねー」
遠くから二人の様子を見守る名前達は、ゆっくりと後を追うことにした。
*
「貸し出し禁止!?」
「“記憶の本”の原本はレコルト国の国宝書に指定されていますのでこの中央図書館から持ち出す事は出来ません」
「では閲覧させて下さい」
「それも出来ません」
「え!?」
「“記憶の本”には強い魔力があります。過去に国外へ持ち出そうとした者も何人もいました。入り口の番犬(フント)をはじめとする中央図書館の守備機能(ソルダート)がすべて捕まえましたが」
「ということでレコルト記・三千四年より“記憶の本”原本は閲覧禁止です。勿論複本はありますのでそちらをどうぞ」
「…有り難うございました」
貸し出しも駄目なら閲覧も駄目。
盗むことも至極困難な程整った守備体制。
けれど何とかしてサクラの羽根を取り戻さねばならない。
一先ず皆はその場を後にした。
「見せてもらうことも出来ないなんて」
「困ったねぇ」
「どうするの?小狼?」
「それでも取り戻します」
「どうやって?」
黒鋼の言葉はその他全員の疑問と一致している。
各々の視線が一気に小狼へと向けられた。
「盗みます」
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