「この国にはね、魔術があるんだって。ちゃんと学校になっててみんな勉強してるみたい。数学とか国語とかと同じで魔法の授業があるんだって」

ふふんふふんと鼻唄を歌いながら、誰が見ても上機嫌なのが分かる名前と、その隣を歩く黒鋼。
ちょくちょく鼻唄を歌う名前に言葉を投げつつ先を歩く二人をファイたちはにこやかに見守り、会話をしながら歩を進める。

「名前さんが嬉しそうなのはそのことが原因だったんですね。魔法がこの国にあるってことはって」
「そうみたいー。この国着いた時から結構様子変わってたしー」
「名前さん、願い叶うといいな」
「おれもそう思います」

前で黒鋼と話をしている名前を見てサクラは笑みを浮かべた。

願いが叶ってほしい。

それと同時に、彼女に協力できたらなとサクラは思った。
今まで自分の羽根のために何度も頑張って、助けてくれた名前へのお礼として。
そして、友達として。
何か力になりたかった。
笑ってる彼女を見るのが好きだった。

「オレもそう思ってるよー。喜んでる名前の顔、見たいしね」
「私も今ファイさんと同じこと考えてました」

二人がそう言うと、ちょうど良いタイミングでこちらに振り向く名前。

「早くー」と手を振りながら後ろの三人が来るのを待つ名前を見て、同じように黒鋼もピタリと足を止めた。
以前までの彼なら構わず先を行っていただろうに。
こんな些細なことが名前にはとても嬉しく感じられた。

「あ」
「どうした?」
「あの小鳥、昔よく一緒に遊んでた小鳥に似てるなぁって。私の国によくいたの、ああいう小鳥」

「ほら」と指を差している名前から、黒鋼は気付かれないように視線をファイへと向ける。
当の本人は、「参ったなぁ」と言う様子で苦笑しながらも黒鋼に向けて首を縦に振った。
どうやらファイも名前と同じようにしてその小鳥と遊んでいたらしい。

「なにか良いことありそう」

ネックレスについているフローライトをぎゅっと握り締める。

「鳥かー。なつかしー。オレも昔よく遊んでたんだー」
「ファイも?」
「うん。指に留まらせたりしてね」
「同じ同じ。私も指に留まらせて遊んでた」

こうやってね、と人差し指を出し小鳥を指の上に留めた。
名前は暫くその小鳥と戯れた後、少しだけ名残惜しそうな顔をしながら「さよなら」と小鳥を指から放す。

そんな彼女は何かを思い出しているかのようにも窺えた。
ただ小鳥を手放すのを惜しんでいるだけではない。
そんな風にファイは感じたのだ。

自分との記憶なんて今の彼女には全く備わっていないが、時折懐かしそうにする彼女を見る度“あと一息で記憶が戻るのではないか”と、そんな気さえする。

(小鳥か…)

ファイは悲しげな笑みを浮かべ、誰にも気付かれないように視線を足元に落とした。
はずであったのだが、名前はたまたまそんな彼の様子を目撃する。

何であんな表情を彼が見せるのか…

頭上に疑問符を浮かべると同時に、胸に痛みを感じた。

ただの自惚れかもしれないが、時折彼が…

「あっ、ほらー。ああいうのもいるからモコナもちゃんとお外に出られるねー」

名前の考えを遮断するかのようにしてファイが口を開いた。
事実、ファイも彼女の視線に気が付いたのである。
だからそれを見て言葉を発したのだ。

「うん。ジェイド国の時は黒鋼の服の中で窮屈だったよー」
「って言いながら潜んな!」

ごそごそと黒鋼の服の中に侵入するモコナに彼は怒鳴り付ける。
けれどお構い無しに奥へと潜り込むモコナに名前たちは苦笑していた。

「小狼君にとって良い国っていうのは…」

サクラと小狼がキョロキョロと辺りを見回す。
「こっちこっちー」と少しだけ前を行くファイの声がする方に目をやると、二人は目を丸くした。

大きくて豪華な外観の建物が目前に建っている。

「ここは?」
「扉、開けてみて」

名前に言われた通り、大きな扉を引いてみるとそこには沢山の本がぎっしりと巨大な棚に収まっていた。
国内屈指の大きさを誇る図書館であるが、その余りの本の数の膨大さに小狼は言葉を失い唖然としている。

なるほど、確かに小狼にとっては良い国だと言うようにしてサクラは納得した。

「わぁ」

小狼の胸が高鳴る。
周囲は一面本で埋め尽くされているのだから本好きな彼にとっては絶好の場所だ。

「この国は魔術を色んな側面から研究しているらしくて魔術に関する本がたくさんあるんだって。勿論、歴史とかに関してもね」
「この国の図書館なんだって。近隣国でも一番大きいらしいよ。すごいねぇ」
「小狼君、歴史好きでしょ」
「本も大好きだよね」
「はい!あ、でも読めるでしょうか」
「確かめてみればー?」
「はい!」

目をキラキラと輝かせる小狼の横顔に、サクラは自然と柔らかい笑顔を浮かべる。
元気な彼を見るのが幸せだと、たしか前に彼女が言っていたのを名前は思い出しふふっ、と微笑んだ。

(あっ、この本…)

偶然目に留まった一冊の分厚い本を手に取る。
中身は辛うじて読める文字で書かれていた。
真剣な表情でペラペラと読み進めていく名前。

「小狼夢中ー」
「はー。出来れば買ってあげたいねぇ、お父さん。でもお金ないもんねぇ」
「いい加減そのネタから離れろ!」
「これ売っちゃだめだしねー」

モコナの口から吐き出された蒼氷と緋炎。
どうやらモコナの口は保存することも可能なようで、サクラは「モコちゃんほんとにすごいねぇ」と興味深そうに見詰めた。

「あっ!名前もじーっと本読んでるよ、ファイ。名前も本が好きなの?」
「好きと言うか、読みたい物があれば読むって感じだったかなー。でも魔道書だけはいつも凄く真剣に読んでたよー。探してる人にいつ会うか分からないからって。あんまり魔力も使わずに本見ながら練習できるしねー。その甲斐あって今じゃ魔法は得意分野になってるけど」
「でも、なら今さら魔道書なんて読まないでしょ?名前は何読んでるんだろう」
「ちょっとオレ名前のこと見てくるよー。モコナはここで待っててー」

ファイの気持ちを察したモコナが「うん」と快く提案を承諾したのを確認し、ファイは名前の元へと歩み寄る。
近付いてみると、彼女が今読んでいる本とは別にもう一冊本を手にしているのが分かった。

「名前ちゃん。何読んでるのー?」
「あっ…あー、これ?」

複雑そうな笑顔を顔に貼り付けてファイに表紙を見せる名前。
本の題名を読んでみると、“人の記憶”と書かれていた。

「これってー…」
「そう。忘れちゃった記憶について何か思い出す方法でも書いてあるかなぁって」
「見付かった?その方法」
「ううん、全然」

でもまだ諦めないよと言い再び文章に目をやる名前。
そんな彼女を見てファイは無言でその場を走り去って行った。

「ファイ!どうしたの?」
「オレもそういう本探して来るよ!待ってて!」

こちらに振り返り軽く手を振り、彼はまた走って遠くの方へ行ってしまう。

振り向き際の彼の表情はいつものおちゃらけた雰囲気とは全く別の真剣なものだった。
ファイにとっては他人事なのに、わざわざこうして手助けをしてくれたりする。
それが凄く嬉しくて、そして今までもそのことに助けられてきた。
ファイは自分のことように名前のことを考えてくれている。
やっぱり自惚れなのかもしれない。
でも、そうでなくても助けてきてくれたことに名前はとても感謝している。

(だから、私も)

名前はもう片方の手で持っていたとある本を見ては期待に胸を弾ませた。



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