ガタンゴトン。ゆらゆら。
電車の揺れとシンクロして身体も揺れている。二人は肩がぶつかりそうなくらい近いけど会話はひとつもない。代わりに決して重くはない沈黙と電車の音が流れている。
行き先はまだ、決まっていない。
何故こんなところに居るのか。行き先も決まってないのに電車に乗り込んでいるのか。これは約一時間前にさかのぼる。



「…なあ風丸」
「…なんだ?」
「…ここどこだかわかるか?」
「…いいや、全く」

暑い。目の前に広がる光景は全く見たこともないものだ。そして太陽に照りつけられている看板に書かれている駅名も、全く見たこともないものだ。
とりあえずどうしようもないから二人は熱を帯びている古ぼけたベンチに座る。汗でべとついたYシャツがとてつもなく不快で、二人の精神を害する。そして更に起こったアクシデント。怒りを通り越してすでにあきれ返ってしまった。
朝、二人はいつも通り高校に通うべくいつもの電車に乗り込んだ。しかしお互い寝不足だったんだろうか、眠りについてしまった。それは前にも何度かあったが、高校の最寄り駅の手前で片方が起きて片方を起こすという一連の作業が出来ていた。しかし何故かこの日だけはどちらも起きることなく、電車は永遠と下り方面…つまり田舎の方へ走り続けた。
目が覚めたらすでに時計の針は10時を指していた。そしてどこかもわからない駅。もう学校に行く気も失せてしまう。

「…なあ、どうする?サボるか?」

円堂は風丸にそう問いかけた。いつもは真面目な彼も、この日はさすがに「ああ」と頷くくらいしか元気が無かった。反してその返事を聞くなり円堂は笑顔になった。サッカーができないのは惜しいものの、授業に出なくてもいいというのは嬉しいのであろう。



そんなこんなで、二人はとりあえず電車に乗ろうということで、どこ方面かもわからない電車に乗り込み、かれこれ一時間。電車に揺られているというわけだ。風丸は性懲りもなくまたうとうととしている。
円堂は意味も無く窓の外を見た。果てしない青空と、海が広がっていた。夏休みでもなく、夏というにはまだ本格的ではない時期だからか海には人っ子一人いない。時間を見ると11時過ぎ、これから行き先も決まっていないから時間も有り余っている。円堂は風丸の肩を揺らして目の覚まさす。風丸は眠くて瞼の重い目をこすった。

「風丸、海が見えるぜ!」
「え?…あ、本当だな」
「ここで降りようぜ!」

円堂は楽しげに立ちあがって自動ドアの前まで風丸の手を引っ張った。自動ドアの窓から無人ホームが広がっていた。



「うおー!すげえ!」

駅を出ると、目の前は青空と青い海が広がっていた。円堂は思わず叫んだ。風丸も声にならない感嘆をあげる。「行こうぜ!」風丸の手を握ると円堂は海に向かって走り出した。空と同じ色の髪の毛が揺れる。
着くなり円堂はズボンを膝の少し下まで巻くって海にぱしゃぱしゃと音を立てて入った。足からひんやりとした感覚が伝わってくる。「風丸も来いよ!」円堂は振り返って風丸に言った。風丸は苦笑いをして、同じように巻くって海に入った。

「何してるんだろうな。俺ら」

風丸はまた苦笑いを携えて独り言のように呟いた。円堂は意図がわからずに首を傾げた。「学校をサボッて海に居るのかってこと」円堂は納得して「ああ」と声を上げながら笑った。確かにそうだな、と円堂は思った。
学生は学校に通っているだろうし社会人は会社に勤めているだろう。それ以外はきっと家に居るなり都会に出かけているだろうから、こんな田舎に居る人はいない。だから海にはもちろん周りには誰もいない。だからこんな感覚に陥ってしまう。

「まるで、この世界にふたりしかいないみたいだな」

円堂はそう言った。風丸は、風で吹かれている長い髪を手で押さえた。とても切なげな目で空を見上げる円堂がとても切なく見えた。風丸は何を言っていいのかわからないから、同じように空を見上げた。飛行機雲が空を横断した。

「なあ風丸。俺たち、これからも一緒に居れるかな?」

唐突な質問。なんで今そんなことを聞くのかわからなかった。でも左手が自然に動いて、左隣に居た円堂の手を握った。いつもならこんなことしないのに、きっと暑さのせいで頭が沸騰しているのかもしれない。円堂はハッとして風丸の方を見た。

「居れるよ、きっと」

短い言葉をゆっくりと言葉にした。きゅう、と無意識に手を握る力がお互いに強くなった。「そう、だよな」円堂は一層きゅう、と握る力を強めた。風丸もそれに応えるようにまたきゅう、と握った。
何分経っただろう。セミの声と波の音しかしなくなった。ふいに、円堂が口を開いた。

「俺のこれからを全部風丸にあげる。だから風丸のこれからも、俺にくれよ」

いつかの古いメロドラマのような台詞を、恥ずかしげもなく言った。風丸も恥ずかしげもなく、聞いた。

「いいぜ」

円堂の顔も見ずにそう答えた。見えないなにかを見ているように、二人は青空を見上げた。飛行機雲はもう消えていた。


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