普段は車が通る大通りには、両側に屋台が並び、美味しい匂いをなびかせたりしている。そんな匂いに導かれたかのように、多くの人が楽しそうに屋台に群がったり、歩いたりしている。円堂はその中でも落ち着かない様子で、大通りの隅に佇んでいる。愛しい恋人を待つかのように、そわそわと服を正してしる。
その円堂に、駆け寄る影がひとつ。
「円堂!」
円堂はその声を待っていたかのように、勢いよく振り向いた。すると、落ち着いた色の浴衣を来ている、彼の友人であり恋人、風丸がいた。風丸は汗を右手の甲でぬぐう。
「すまん、遅くなって。待ったか?」
「い、いや!そんな待ってないぜ。…あ、あの、さ」
円堂は何かを言いたそうに口をもごもごと動かせている。風丸は円堂が何を言いたいのかがわからず、首を傾げた。円堂はそんな小さい仕草にも、顔を赤くして、思わず目線を逸らした。
「どうしたんだよ、円堂?…なんか俺、変か?」
「いっいや!違う!…ただ、」
「?」
「…浴衣、似合って…る、よ」
そうして、赤くなった顔を隠すように手で顔を覆った。風丸はすぐに円堂の言ったことを理解し、りんご飴のように顔を真っ赤にさせた。「…ありがと」と今にも消えそうな声で礼を言った。
そしてしばらく二人の間に静かな沈黙が流れた。しかし決して気まずいものではなく、青春の味がするような沈黙だ。二人は、どちらも赤くなっている顔を俯かせている。
「…い、行こう!」
円堂は沈黙を破って、風丸の左手を握った。ますます風丸の顔は熱を帯びていく。きっとこの熱は暑さではなくー
「風丸、かき氷食べていいか?」
「ああ」
そういうと円堂は「ここで待ってて」と言って屋台へと走って向かった。風丸はひとり、道の端っこに座る。
(まさか円堂と、恋人同士としてこれるなんて思ってなかったな…)
中学二年生のとき、色々あったせいでもうきっと秘めていた気持ちが円堂に伝わることはないと思っていた。でも中学三年生の冬、風丸は円堂に告白された。そして同じ高校に行って、今も二人は付き合いを続けている。
今までに何度も来たことがある夏祭りも、風丸にはなんだか違っている風に見えた。
「風丸?ごめん、疲れたか?」
風丸は思考を巡らせていると、突如頭上から円堂の声がした。はっと風丸は上を向いて勢いよく頭を横に振った。円堂はほっとした顔をして、隣に座った。「一緒に食べようぜ」そう言って風丸にストローを手渡す。
味はどうやらブルーハワイのようだ。かき氷は鮮やかな青で染まっている。
ちなみにブルーハワイは、風丸がいつも食べる味だ。
「ありがとう」
そう言って風丸は一口かき氷を口に運んだ。口から冷たさが身体に染みていくようだった。「おいしい」そう言っただけで、まるでおもちゃを買ってもらった子供のような表情を、円堂は浮かべた。そして円堂もぱくり、一口食べた。いや、一口といわずに二口、三口とどんどん食べる。風丸は「食べ過ぎだぞ」と言おうとする。
すると突然、円堂は風丸に顔を近づけ、唇を合わせた。
(え、円堂…!?)
風丸は目を見開き、驚いて身動きがとれなかった。円堂は閉ざされた風丸の唇を舌でこじ開け、中へと侵入してかき回す。
「ちょ、円堂…」
風丸は吐息まじりに円堂の名前を呼んだ。口の中は唾液とブルーハワイの爽やかな味が混ざった状態だ。
「ん、…えん、ど、」
もう一度名前を呼ぶと、ようやく唇が離れた。乱れた息を整え、「なにすんだよ!?」と怒り気味に風丸は円堂に言った。
「なあ風丸。俺、風丸のことすっげー好きなんだ」
「は、はあ…!?」
「でも言葉にできねーから、行動に示した」
「だからってあんな…」
「なあ風丸、好きなんだ。大好きなんだよ、どうしようもなく。お前も、同じ気持ちかな」
そう言って、円堂は風丸の肩に己のおでこを押し付けた。風丸は空いている左手で、優しく円堂の頭を撫でた。「俺も、大好きだよ」
拙い言葉で、風丸は円堂に言った。そして円堂は両手で風丸の腰辺りに抱きついた。風丸は撫でる手を止めない。
お互い愛しい気持ちが増した夏は、まだまだ始まったばかりだ。