※17話のネタバレ注意
「剣城!待ってよ、剣城!」
松風が名前を呼びながら剣城の背中を追いかけている。剣城は前を向いて歩いている、つまり無視をしている。こつこつ、たったっ、2つの足音が不規則なリズムで廊下に響いている。松風は試合直後で汗をかいているが、それでも剣城を追いかけている。
「…なんだよ、松風」
痺れを切らした剣城は、ついに松風の方に振り向いて返事をした。途端に松風は花が咲くようにぱあっと明るい笑顔を浮かべた。その笑顔に剣城は眉間に皺を寄せる。「なんだよ」もう一度、同じように声を掛けた。鋭い目に射抜かれてもなお、松風は笑顔を絶やさない。
「だって、また名前呼んでくれた!」
まるでお菓子を貰ったような小学生のように喜んでいる。そんな松風を見て、剣城は小さく溜め息をついた。面倒だ、と顔に書いてあるようだ。
「そんなに名前呼ばれて嬉しいか?」
「うん!だって剣城のこと好きだし!」
「…ハァ!?」
「あれ、剣城はオレのこと嫌い?」
剣城は白い頬を赤色に染めた。耳まで真っ赤である。そんな剣城に対し、松風はけろりとした笑顔を浮かべ、剣城の言葉を待っている。松風の正直な視線と言葉に、立ちくらみさえ覚える。剣城はとっさに叫ぶ。
「テッテメーのことなんて嫌いだ!」
「ええーさっきハイタッチしてくれたじゃん。名前だって…」
「あっあれはテメーがオレのこと信用するって言ったからだ!だからオレも信用することにはしたが、好きとか嫌いは関係ねえだろ!」
松風は「えー」と不満げな声をもらした。剣城は「えーじゃねえ!」と言いながらそっぽを向いてしまった。真っ赤な耳が丸見えになる。松風は心中で「素直じゃないなあ」と呟いた。思わず頬が緩んでしまった。その様子を横目で見た剣城は「何にやけてんだよ」と未だに赤い顔で言った。
「はは、なんでもないよ」
剣城は鼻をならして再び歩き出してしまった。松風は黙って剣城の背中を歩いて追う。剣城も黙って歩いている。不思議と、重くない沈黙は2人の間に流れた。こつこつ、こつこつ、一定の2つのリズムが重なって廊下に響いた。
松風は心の中で呟いた。
「嘘だって、お見通しだよ」
title:うさぎはロマンチスト