チャイムが鳴った。オレはいつもの流れで鞄から弁当を取り出し(ついでに霧野の鞄からも弁当を取り出し)自分の机と霧野の机をくっつけた。この一連の動作が終わるとあいつは帰ってくる。

「はい、買ってきたよ」
「さんきゅ」

そう言ってオレンジジュースを受け取った。いつも通りの流れだ。…と思ったが、いつもと違う箇所がある。それは霧野が手にしているものだ。

「霧野、今日はアップルティーなのか?」
「え?…ああ、気分的にな」

そう言いながらペットボトルのキャップを開けた。よく他人のものほど欲しがりたくなるが、確かにそうらしい。オレは「一口くれよ」と言った。すると霧野は黙ってペットボトルを差し出した。
一口飲むと、りんごの風味が口の中に一瞬で広がった。いつもオレンジジュースだったから、たまにはいいかもしれない。

「ありがとな」

オレはペットボトルを霧野の机に置いた。そのとき、霧野のまっすぐな視線に気づいた。

「…な、なんだよ?」

たじろぎながらも聞いてみると、霧野は静かに口を開いた。

「…キスしたい」

オレは一瞬霧野がなにを言ったのか理解できなかった。間を置いて、オレは目の前のこいつが何を言ったのかがわかった。

「はああああ!?」

霧野は唇に人差し指を当てて「しーっ」と小声で囁いた。気付いたらクラスの視線を独り占めしていた。オレは一つ咳払いをして、霧野に小声で囁く。

「お、お前!誰かに聞こえてたらどうするんだよ!」
「え、だめ?」
「だめだ!」

えーっと霧野は不満をもらした。ガツンと殴ってやりたい。
オレと霧野はいわゆる「お付き合い」をしている。普通なら異性がするものだ。同性がするなんて、そんなのはただのホモやレズだ。オレも最初は抵抗があった。でも『好きならいいじゃん。同性で付き合って何が悪いの?』という霧野は、かっこよかった。

「じゃあさ、トイレにでも行く?」

霧野はオレにずずいと顔をよせて密やかな声で言った。付き合う前は、ただ「綺麗な顔」だったけど、今では「恋人の顔」だ。こうやって顔をよせられたりするだけで顔が真っ赤になってしまう。そんなオレを霧野は面白がってわざと顔をよせたりする。今もこうやってキスしようとか誘惑してくる。霧野には、勝てない。

「よしじゃあ行くか」
「ちょ、ま、まだ良いとは」

手を引かれ、トイレに連行されそうになる。霧野は楽しそうな笑顔だ。
「あ、」と霧野が何かを思い出したかのように呟いた。

「そういえばまだアップルティー飲んでないや」

確かに霧野が飲む前にオレが飲んで、そしたらキスしたいとかなんとか言い始めたんだった。


「まあいいや、キスしたらアップルティーの味がするし」
「………っ!ば、ばか!」

まだ口の中に残っているアップルティーが、妙に甘ったるく感じられた。



title:うさぎはロマンチスト






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