ぴんぽーん。
返事が無い。チャイムを押した手をまたそのまま直進させる。
ぴん、ぽーん。
…返事が無い。守は口をへの字に曲げた。いないはずがないのだ。昨日、夜遅くにメールしたときに『その時間帯なら授業もバイトも無いから家に居る』と受け取った。だから来たのに。

「…帰るか」

そう小さく呟いてジーンズのポケットに手をつっこむ。すると、手に何やら冷たい固形物が触れた。同時にちゃり、と独特の何かがぶつかり合う音が聞こえた。そのままその固形物を掴み、ポケットの外へ持ってくる。

思わず声がもれた。この存在をすっかり忘れてた。手に握られているのはこの部屋…もとい、いち兄の家の合鍵だった。

「…居ないか、確認するだけ」

そういえば随分前にもらったが未だに使ったことないのは理由があった。いち兄が居ないときに勝手に家に入るのは、何だかはばかられるのだ。何となく、だけど。でも良い機会だから使ってみようと思う。鍵穴に鍵を差して回し、ドアをそっと開ける。そして周りを一度見回してから整頓されている玄関に無造作に靴を脱ぎ捨て、奥へと進む。

「…おーい」

何やらわからない声を掛けながら部屋に入る。するとそこには真ん中に木製のテーブル、そしてそのテーブルの上にうつ伏せで寝ている人がひとり。
水色の髪の毛が呼吸に合わせて揺れている。寝ているのは一目瞭然だった。何はともあれ、ちゃんと居て良かった。もしかしたら倒れてるって可能性もあったしな。あまり音を立てないように守は忍び足でいち兄へと歩み寄る。

「…疲れてるなら、来るなって言えばいいのに」

いち兄はいつもそうだ。自分が苦しいとしても表情にも出さず口にもしない。きっと大学の授業とかバイトで忙しいはずなのに、「疲れてるから来るな」とは絶対言わない。

「…まあそんなところが、好きなんだけど」

と、照れ臭い言葉を口にすると、いち兄の水色の髪がかすかに揺れて守は思わず後ずさった。赤い顔を隠すように後ろを向いた。すると背中から「あれ…守?」とまだ眠気が残っている声が欠伸と共に聞こえた。

「お、起きたのか?もうすぐ寝ててもいいのに」

と噛みながら言うが、そんなことを気にせずいち兄は不思議そうな顔で首を傾げるのみだった。そして顔を置き時計に向ける。のちに、絶叫。

「ごっごめん!守に来てもいいとか言ったくせに寝ちゃって!い、今お茶用意するから!」

そう言って立ち上がると床に敷かれているカーペットに足を取られ転んでしまった。「大丈夫か?」と声を掛けると大丈夫だ、と返事がうつ伏せのままで返って来てとりあえずほっとした。うつ伏せだった身体を起こして守の方へと顔を向けた。

「ごめんな…つい、寝ちゃって」
「許さないからな」

いち兄は大きな目を見開いて守を見る。「疲れてるなら疲れてるって言ってくれよ。俺の都合よりも、いち兄の方が大事だから」真剣な顔で守は言葉にする。いち兄はその直球な言葉に思わず頬を赤らめた。

「…情けないな。俺のほうが年上なのに」
「関係ないぜ!だって恋人だからな!」
「なっ…すぐそうやって平然と恥ずかしいこと言うなよ!」

いち兄は照れくさそうにそっぽを向いて「…今日も飯、食ってくよな?」小さな声でぽつりと、呟いた。
きょとんとした顔で守はいち兄の横顔を見つめていたが、すぐににんまりと大きな笑顔を浮かべて「おう!」と元気よく返事とした。

年上の恋人、いち兄と年下の恋人、守の日常。





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