あれから。

風丸は夏休み前の終業式の前日に退院が決まった。あいにくその日は学校があったので会うのは終業式当日だ。そういえば久しぶりに風丸の制服姿を見るから少しだけ楽しみだ。と、足取り軽く風丸の家へ向かった。このチャイムを鳴らすのも久しぶりだな。

しばらくすると、ドアが開く音が背中から聞こえた。勢いよく後ろを振り向いた。風丸に会うこと自体は全く久しぶりじゃないけど、やはり嬉しい気持ちになる。俺は「おはよう!」と言うために口を開いた。しかし、口は開かれたまま、言葉を発することはなかった。

「おはよ、円堂」

代わりに向こうから挨拶をしてきた。ああ、はにかむ風丸はとびきり可愛い。いや、そうじゃない。いや、そうだけど。

「お…おは、おは、おはよう」
「ははっ、動揺しすぎ」

そう言って苦笑いをした。だってこの姿を見たら動揺せざるを得ないじゃないか。
あんなに長かった水色の髪の毛は、短く切られているのだから。

まあ予想通りだけど、鬼道も同じような反応を見せた。普段あまり焦りや驚きを見せない鬼道でさえも、これは驚いたらしい。
もちろんクラスメイトも、みな驚いた。そういえば驚きすぎて髪を切った理由を聞いてなかったけど…何故だろうか。失恋?まさか…つい最近俺と付き合い始めたんだぜ?もしかして好きな人居たとか?そんな馬鹿な…。

「円堂さっきからドヤ顔をしたり頭を抱えたりしてるがどうかしたのか?」

目の前には、風丸。全く気がつかなかった。思わず「わっ!」と叫んで後ずさった。

「なんだよお化けが出たみたいな反応…」
「ご、ごめん。驚いて…」

風丸は不思議そうに首を傾げて、俺の前に座った。
朝はあんなにざわついていた教室も、終業式後のHRが終わったらゆるやかな空気が流れ始めた。教室内にいるクラスメイトは仲良しグループで別れていたり、帰り支度をしていたりと、様々だ。その中には席に座って談笑する奴も少なくはなく、俺たちもその中の一組である。

「なあ、」と俺は口を開いた。きっと理由を聞き出すのは今しか無いと思った。「なに?」と風丸は聞き返してくる。

「その…なんで髪切ったんだ?」

きょとん。そんな表現が似合うくらい風丸は間抜けな表情をした。「なんでって…」と言葉につまり、顎に手を当て、しまいには考え出してしまった。俺は黙って答えを待つ。

「…あえていうなら、一区切りだった…から?」
「一区切り?」
「まあ高校生になったってのもあるし、記憶が戻ったのもある。でも一番は…」

そこで言葉をつまらせた。風丸は目線だけを動かして俺の顔を見据えた。そして大きな手で己の口元を塞ぎ、次第に顔を赤く染めた。俺は風丸が何を言おうとしているのかわからず、ただ言葉を待つ。

「…円堂と、今までと違う関係に…なれたから、かな」

その瞬間、目の前にいる風丸を抱きしめたい衝動に駆られた。しかしここは教室、なんとか踏みとどまるものの、顔は熱さを帯びていく。きっとこれは窓から降り注ぐ日の光のせいじゃない。ああ、なんでこいつはこんなに可愛いんだ。

「…そ、そうか」とぶっきらぼうに返したが、それでいっぱいいっぱいだった。きっと風丸も悟ってくれたに違いない。証拠にまた赤みが増した。

「…あ、あのさ。俺…別に後悔していないんだ」

教室内で異色である甘酸っぱい空気を払拭するように風丸は言った。何を後悔していないんだろう、と思考を巡らせる。

「あ、記憶を無くしたこと。…無くしたせいで、気持ちに気付けたから」
「…あ〜なるほどな。それだったら俺もだよ」

そのおかげで、風丸は「ただの親友」ではなく「大切な人」だということに気がつけた。もちろん大変だったけど、結果的には良かったのかもしれない。

こうやって、同じ時間を過ごせていることがたまらなく嬉しくなった。机の上に出ていた教科書を開いて、自分の顔と風丸の顔を隠すようにかざして、唇同士を合わせた。

「…ちょ、円堂!」
「えへへ」

俺は思わずはにかんだ。たまらなく幸せだった。風丸もひとつため息をついて、同じようにはにかんだ。

これからも幸せを分かち合っていけるんだなって思うと、また頬が緩んだ。



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