駆け込んだ先は、渡り廊下の先にある非常階段。一段、二段降りると踊り場があって、そこにいつも居座っている赤髪の少年。
「…ヒロト」
「やあ円堂くん、珍しいね?」
基山ヒロトはいつも朝早く登校して、ここに居座っている。そして、チャイムが鳴る寸前にあたかもたった今登校したかのように教室へ入る。
「そんなことをする理由?ここは特等席だからね、場所を知られたくないんだよ」
初めてヒロトに会ったとき、彼はそう言った。何とも不思議な彼は話してみると意外と気さくで、どんな相談も乗ってくれた。それから、風丸のことで何かあるとここに来ていた。
「今日は何の相談なのかな?」
「…好きなやつに、恋人ができた」
「………そうなんだ」
円堂はヒロトの横に腰掛け、項垂れた。「どうすればいいかな」と、ヒロトに小さな、掠れた声で言った。ヒロトは優しい笑みを浮かべた。
「好きなら、好きっていうべきだよ」
そして、透き通る声でそう言った。ヒロトの声は、いつも円堂の心に染み込んで、クリアにしていく。
「でも、もう恋人がいるんだ」
「関係ないよ。円堂くんはいつも優しすぎるんだ。もっと強引にいってもいいと思うけど?」
ヒロトの言うとおりなのかもしれない。円堂は思った。円堂はまだ風丸に今でも好きであることを告げていなかった。
円堂は勢いよく立ち上がる。
「俺、風丸に言ってくる!」
そう宣言したと思いきや、凄まじいスピードで駆け出した。
ヒロトが驚いて振り返ると、もう円堂の姿は見えなかった。そうして、ヒロトはひとり、笑みをこぼす。
「ははっ、相変わらず円堂くんは風丸くんが好きだね」
ヒロトは円堂に「がんばれ」と、心の中で呟いた。
「風丸!!」
先程風丸と話していた特別教室のドアを勢いをつけて開けた。すると、びくりと身体を揺らした風丸が、円堂を見据えた。やっぱり居た、円堂は笑顔になった。
「なん、で」
「風丸、どうせ教室戻ったら色々言い寄られるんだなって思ったんだろ?」
風丸は図星を表している、焦っている表情を浮かべた。円堂はさらに言葉を重ねた。
「そんでもって、色々考えてたんだろ?本当に良かったんじゃないかって」
「…円堂は何でもお見通しだな」
「かなわないな」と風丸は苦笑した。円堂は誇らしく胸を張る。そして円堂は、ヒロトに言われたことを思い出し、こほんとひとつ咳払いをした。風丸は不思議そうな顔で円堂を見る。
「風丸、好きだ」
円堂は優しく、囁くように言った。風丸は、目をいっぱいに見開いた。なぜ、そんなことを言うんだ?といったような表情をしている。
「彼女が居たって構わない。でも、自分の気持ちには嘘つけないんだ」
「なん、で」
「例えお前が彼女のこと本当に好きになっても、ならなくても、俺はずっと、」
円堂は大きく深呼吸して、ワイシャツの裾を力強く握って、言った。
「好きだ!」
円堂は風丸に否定されるのが恐くて、その場を逃げ出した。でも円堂は、「言ってやった!」とガッツポーズをした。
置き去りにされた風丸は、誰もいない教室で、ぽつりと呟いた。
「…今更」