「え、ヒロトサッカー部に入るの?」

ある日の昼休み、ヒロトは突如そんなことを言いだした。
ヒロトがこのエイリア学園に入学してから一週間が経った。そういえばヒロトはまだ部活に入っていなかったことに気づく。今までは学園内の図書館で勉強して俺の帰りを待っていたらしい。「心配だからね」とか、妙な気遣いを見せていた。

「まあそろそろ部活入りたいな〜って思ってたからね」

ヒロトは手に持った菓子パンをほおばりながらそう言った。俺は心の中で「宇宙人ってサッカーできるの?」と、阿呆なことを思い浮かべていた。



しかし、そんな心配は必要なかったらしい。
ヒロトは入部するなり、持ち前の運動神経と類稀なる才能を俺たちに証明してみせた。はっきりいうと、ヒロトはサッカーの腕前がとんでもなく良い。すぐスタメン入り…いや、もう確実だろう。そんなレベルだった。部員である俺たちはぽかん、と呆けてしまった。

「…あれ、俺なんかしたかな?」

次の瞬間、ヒロトの周りに人がぶわっと集まる。人々はヒロトに対する称賛の声をヒロトに浴びせた。ただ、俺を除いて。俺は右手のこぶしをぎゅっと握った。手にかいた汗が、なんとも気持ち悪い。

時はあっという間に過ぎて放課後、空を仰ぐと鮮やかなオレンジ色が目に映る。部員がぞろぞろと帰る支度をするために部室へ向かう。俺は無言で手に持ったタオルで汗をふきながらそんな部員たちの背中を見ていた。すると、必然とヒロトが駆け寄ってきた。

「緑川、行かないの?」
「…ごめん、ちょっと今日は自主練してく」
「いいけど…門で待ってようか?」
「ううん、いい。先帰ってて」

俺は少しだけぶっきらぼうに言った。ヒロトは何かを感じ取って「…そっか。じゃあまたあとでね」と、それ以上何も言わずに部室へ向かった。
俺は、その後夜遅くまで自主練をした。ドリブルの練習、シュートの練習。特にどれが出来ないというわけでもない。ただただ、焦っていた。

「…ヒロトに、負けたくない」



重い足で、登校を始める。そんな俺と真反対に、元気に喧嘩をしながら学校に向かって走っていく南雲と風介。二人の背中を重い瞼を携えた目で見ていた。すると、昨日のようにまた、ヒロトが駆け寄ってくる。

「緑川大丈夫?眠そうだけど…」

「…大丈夫」と、俺は見栄をはった。本当のことをいうと、かなり眠い。結局昨日帰ったのは8時か9時くらいで、風呂を入った後すぐに寝たかったけど、たまりにたまった宿題に追われ、寝たのは12時くらいだ。俺はどちらかというと朝型なので正直きつい。俺はまたあくびをした。

「自主練のやりすぎじゃないかなあ…やめた方がいいんじゃないの?」
「ヒロトには関係ないだろ」

サッカーが上手いヒロトには。俺はヒロトを振り切って一人で学校へ向かった。



放課後になり、部活が始まり、終わり、そして部員が帰宅する中自主練をする。そして夜遅くに帰宅し、夜遅くに寝る。俺はこのハードスケジュールを一週間こなした。まあさすがに一週間も続けていると疲労感が顔に現れはじめ、たくさんの人に心配される。それはヒロトとて例外ではなく、特に彼は人一倍心配してくる。

「ねえ緑川、もう自主練やめた方がいいって」
「…俺の勝手だろ」
「もうそんな事言ってられないよ。顔色も悪いし…あんまり寝てないんじゃないの?」

ねえ、とヒロトは俺の手首をつかむ。声が誰もいない部活前の放課後の廊下に響いた、むしょうに苛々して、俺はヒロトの腕を払おうとにぎりこぶしを作って腕を思い切り振った。その時に、なぜか身体もついてきて、地面に直行する。「危ない!」そう言ったヒロトの顔が見えた。
初めて見た焦ったヒロトの顔を最後に、俺は意識を手放した。



ぱちり。
目を開くと、そこにあったのは見慣れない白い天井。視界のはしに見えたのは、鮮やかな赤。「あ、起きた?」聞きなれた声が天井から降ってきた。

「…ヒロト……?」
「うん。なんかね、寝不足だったみたい。びっくりしたよ、急に倒れるんだもん」
「…ここどこ?」
「保健室」
「…今、何時?」
「6時」
「…部活は?」
「今日は休みます、って言ってきた」
「…ヒロトまで休むことないじゃん」
「緑川が心配だった」
「…どアホ」

くすくす、と笑い声が聞こえてきた。俺は重い身体を起こした。右わきに、ヒロト。ヒロトは俺の手を優しく握った。俺は顔が熱くなるのを感じながら「ちょ…なに?」と冷静を保ったつもりの焦りを感じる声を発した。

「ねえ、なんであんなに激しい自主練してたの?緑川は十分上手いじゃないか」
「…十分、上手い?」

俺は熱くなった顔が別の熱さになるのを感じ取った。「ヒロトは、俺よりも数倍上手い」自分でも怒りを感じ取れる声で、そう言った。ヒロトは「そんなことないよ…」と俯いて言った。

「そんなことない?嘘だよそれは。俺はヒロトみたいに才能がない。だから、無理してでも練習して、上手くならなきゃならないんだ」
「…みどり、かわ」
「………手、離してよ」

ヒロトは気まずそうに俺から目線をそらしたまま、ゆっくりと俺から手を離した。俺は無言のままでベッドから降りて、保健室を後にした。

「…緑川」

背中から聞こえた、今にも泣きだしそうな声を無視して。
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