桃色の花びらが舞い散る季節のある日、俺は走りすぎて重たくなった脚をせっせと動かしていた。
「…はっ…はっ…」
酸素が若干足りなくても気にせず、ただあの人の顔を頭に思い浮かべていた。視界に飛び込んでくる桃色を見ながら、あの人の顔の笑った顔を想像して頬を緩めた。
「…よっし!行くぞー!」
ついに俺も中学生です。
「つ………着いた…」
乱れた息を整えてから『風丸』と書かれた表札の下に鎮座しているチャイムを押した。
ピンポーン………
「…いないのかな?」
俺が家の中を覗こうとかかとを上げてつま先立ちになったとき
「…守、何してるんだ?」
「うわああぁあ!いっいち兄!」
俺は素早く身体ごと振り返って、「降参」と言うように手を上げた。
「…え、いち兄?」
俺はようやく気がついた。確かにいち兄だった。形の良い輪郭、長いまつげ、空色の髪の毛、どれを取ってもいち兄のものだ。でも、決定的に違うものがあった。
「…髪、短い」
「あ?これ?実はさ」
「まさかいち兄…失恋したのか!?」
僅かな沈黙が訪れた後、いち兄は「ちげーよ!」と大きな声で反論した。
「え、違うのか?」
「違う違う。高校生になってちょっと長く感じたから思いきって切っただけだよ」
いち兄は短くなった髪を手ですくと、目尻を下げて「…似合わないか?」と聞いてきた。
「に…似合うさ!もちろん!
あ、後制服も似合ってる!」
もちろんこれは本当のことだし、いち兄は何でも似合う。俺は手をグーにして力説した。いち兄は目を見開きながらも照れくさそうに「ありがとう」と言った。
「守も似合ってる、制服」
そう言うと俺の頭の上に手を載せて、わしゃわしゃと撫でた。未だにいち兄は俺を子供扱いをする。