しばらく遠くから練習風景を眺めていると、ボブの髪を揺らして見覚えのある少女が駆け寄ってきた。


「お、お兄ちゃん!?風丸先輩に、緑川先輩も!」
「春奈!」
「「音無!」」


サッカー部のマネージャーの音無春奈だ。乱れた息を一生懸命整えている。


「み、皆さんどうしたんですか?」
「ちょっと遊びに来た」


音無の問いかけに俺が答えた。


「じゃあこんな所にいないで近くで見ませんか?ベンチ空いてますよ」


俺と鬼道と緑川は互いに目を合わせた。





音無の好意に甘えて、俺たちはベンチに座り、見学をしていた。


『すみません、仕事がありますので失礼しますね!』


そう言って音無は去っていってしまったので、談話をしながら見学をするに至る。部員の中には俺たちに気づいた奴らもいたが、練習中なので会釈するだけだ。


「(…お、いたいた守)」


背中しか見えない状況だが、オレンジ色のバンダナと焦げ茶色の髪ですぐわかる。俺は守の背中姿を見続けた。


「(…あいつって、あんなに背中でかかったっけ)」


きゅん、と音が鳴った。





『いち兄背おっきくていいなあ…背中もおっきい!』

『守も大きくなれば自然と俺みたいになるよ』

『ほんと!?じゃあいっぱいおっきくなって、いち兄よりもおっっきくなる!』

『はは、楽しみに待ってるよ』





「……………風丸?」
「………え、」


気がつくと心配そうに緑川が顔をのぞかせていた。


「あ、ごめん。用は無いんだけど、ぼーっとしてたから」
「…あーちょっと昔のこと思い出してただけ。さんきゅな」


心配させないように微笑むと「ならいいんだけど」と眉尻を下げたまま退いた。


俺は目線をグラウンドに戻した。すると、部員それぞれがボールの片付けをしていた。


「え、もう終わり?」
「俺ら、学校出るの遅かったからな」


そういえば五時ぐらいはまわってた気がする。納得して頷くと、前方からグラウンドの土を蹴る音がリズムよく聞こえた。


「いち兄!」
「守!」
「来てくれたのか!?」


守は目をキラキラさせて問いかけてきた。気迫に押され、頷く。


「…へへっ!ありがと!あ、帰り一緒に帰りたいんだけど…い、いいかな?」


守は申し訳なさそうに言った。緑川と鬼道のことを気にかけているのだろうか。


「俺たちのことは気にしなくていいぞ」
「うん。俺もヒロトと帰ろうかな」
「…じゃあ、守、帰るか」


二人の答えを聞いて、俺は守にそう言った。すると守はゆっくりと花が咲いたように笑った。


「おう!…あ、すぐ着替えてくる!」
「ああ」


返事を聞くや否や守は駆け出してしまった。


「(…落ち着かないやつ)」


俺はフッと笑った。





俺は鬼道と緑川と分かれ、守と帰宅路を歩き始めた。


「どうだ?部活」
「ん?んー今まで遊びでしてたけど、本格的に出来て楽しい!」
「…そっか」


彼の笑顔に俺も自然と笑顔になった。


「でさ、先輩の中に壁山先輩ってのが居てさ、こーんなでかいんだよ!」


守は後ろ歩きをしながら手でジェスチャーをした。


「おい守、あぶな………」


い、と言う前に何かに躓いた。地面が徐々に近くなる。


「(………っ!)」


俺は衝撃に備えてぎゅっと目を瞑った。





「…………あれ」


痛くない。痛みの代わりに暖かみがあった。目を開けると、黒いブレザーが視界の大半を埋めていた。


「…ったく、危ないのはどっちだよ」
「…………え」


目線を上げると、ほっと一息ついたような表情の守が居た。


「ほら、次から気をつけろよ!」
「え…あ、…うん」


未だに状況が掴めないまま守から離れた。
俺、守より身長も大きいし、体重もあるのに、守は軽々と受け止めた。


「(…こんなに、力強かったんだ。もう弟じゃなくて、)」


"一人の男"
今更意識すると、鼓動が速くなった。胸がどくり、どくりと脈打つ。


「…!?い、いち兄、顔赤いよ!」
「え?あ…だ、大丈夫だから!」
「え、そう…?」


俺は逃げるように目線を逸らした。


その時、まだ俺はこの気持ちの名前がわからなかった。



‐‐‐‐‐‐‐‐
ついにいち兄が守を男として見るように。良かったね、守!


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