短いはなし2 | ナノ




「……忘れてた」

 校門で見慣れた赤色と銀色、そして同じクラスの真田と柳生を見つけて、風紀委員による検査が行われる日だと言うことを思い出した。
 風紀の腕章をつけた人間が数人、校門をくぐり抜けて行く人達に挨拶をしながらその目を光らせている。中には面倒くさいというそぶりを見せる人間もいるが、おそらく委員長である真田を恐れているのだろう。サボってはいなさそうだった。
 軽く舌打ちをして、違う門から入ろうと踵を返した時、「静香!」という大きな声が上がった。聞き覚えのある声にこめかみが引きつるのを感じながら、それでも無視して足を進めようとすると、今度は厳しい声が飛んできた。無視しても良かったが、そうすると更に面倒くさいことになると分かっているので、溜息を吐いて大人しく振り返る。
 仁王がニヤリと笑ったのが分かってイラっとした。真田は厳しい目で見ているし、柳生は眼鏡を光らせている。丸井はくちゃくちゃとガムを噛みながら、呑気に手を振っていた。あまりの苛立ちに舌打ちをすれば、隣を通った生徒がビクついた。

「花山!」
「…うるさ」

 小さく呟き、仕方なしに四人の所へ。柳生は冷静に違反箇所を挙げ、仁王と丸井はニヤニヤ笑い、真田は今にも叫ばんとしている。

「お前はまた懲りもせずに…!今日こそ、その性根正してくれる!」
「一々叫ばないでよ。こんな近くにいるんだから聞こえるっつーの」
「反省せんか!」
「真田君、あまり大きな声は他の方にも迷惑になりますから。それより静香さん、口が悪いですよ」
「へいへい」

 まったくもってうるさい風紀委員共である。柳生は風紀に関してそこまでうるさくないものの、しかしながら言葉遣いに関して口煩い。兄貴の友達が小さいころから家に遊びに来ていた環境の所為か、少々雑な言葉遣いだと自覚しているが、今のところ治そうとは思わない。
 柳生の言葉の所為か、少し小さくなったものの、相変わらずうるさいとしか言いようのない声で真田は説教を始めた。真面目に聞かないと言っても、長ったらしい説教は鬱陶しい。適当に聞き流していると、あることに気付いた。丸井と仁王がいつの間にか離れた場所にいるのだ。

「大体お前はいつもいつも」
「真田、仁王と丸井が逃げてんだけど」
「なっ!?」

 振り返った真田に、仁王と丸井はダッシュした。柳生はおやおやと言いながら眼鏡を上げている。真田が仁王と丸井の名前を大声で叫んだ瞬間、私はスッと足を引いて元来た方向へダッシュした。
 柳生が気付いたようだがもう遅い。登校ラッシュで多い人の間をすり抜けすり抜け、真田の怒鳴り声をバックに私は違う門を目指して駆けていた。

「…HRはさぼろ」

 本当に真田の説教も柳生の小言も面倒くさい。一時間目ぎりぎりに教室に行き、休憩時間は他のクラスへ逃げる。頭の中で今日一日のプランを思い浮かべながら、人気がない門を悠々とくぐり抜けた。






「……最悪」

 HRをサボって教室に行くと、何故かいつもと違う席に友達がいた。はて、と思って聞いてみるとどうやら席替えをしたらしい。その話をする友達がやけに笑いをこらえていると思いながら私の席を訪ねると、笑っている理由が分かった。
 私の席は真田と柳生に挟まれていたのだ。

「どこへ行っていたのだ!あれだけサボるなと…」
「朝からうっさい。頭に響く」
「うるさいとはなんだ、大体朝も」
「真田君。そろそろ先生がいらっしゃいますよ」
「む…」
「静香さん、今度からサボらないでくださいね。心配しますから」

 真田君も、心配したようですし。こっそりと耳打ちされた言葉に疑いを持ちつつ真田を見ると、ムッとした顔でなんだと返された。心配なんてしているわけがない。それにしても、厄介な席になってしまったものだ。真田はまだ説教したりないという顔をしているというのに、ここでは逃げられるかが危ういではないか。
 深い溜息をついて、けれどどうしようもないと分かっているので授業の準備をする。確かに校則違反をしていることは認めるが、勉強までサボっている訳ではない。だからこそ教師も目を瞑ってくれているというのに、真田と言えば頭が固いので見逃してくれないのだ。

「柳生、次の授業なんだっけ」
「数学ですよ。静香さん、足を閉じなさい」
「…分かったよ」
「課題はやってきたのだろうな、花山」
「やってるし」

 本当に、この席いやだ。何と言うか、父親と母親に挟まれた気分になる。誰か席を変わってくれる人間はいないだろうかと考えて、誰もいないだろうなとすぐに思う。こんな小うるさい風紀委員たちに挟まれたいなんて奇特な人間は誰もいないだろう。
 溜息をつくと同時に教室の扉が開いて教師が入ってきた。数学の担当は、このクラスの担任でもある。その担任はにやにやと笑いながら私を見た。

「おー花山良い席だなぁ。真田、柳生、花山のこと見張っといてくれよー」
「はい」

 はいじゃねぇよ、と思うと同時に、私は今回の件が仕組まれたことなのではないかと思った。とっさに振り返って友人を見ると、笑いをこらえて肩を震わせている。

「花山、何故後ろを向いているのだ」
「……別に」

 そう答えた私は、肩を落として一刻も早く次の席替えが行われることを祈るしかなかった。




(20100910)
Thank you project! よっとさま
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