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サナトリウムにてモラトリアムを待つ


“特殊病棟”

とある大学病院の閉鎖病棟の最深部にその病棟はあった





「……異常なし」


手にした体温計の数値を見ながら三蔵は言う


「もうちょっとその仏頂面どうにかんないの?」

「お前もその眉間のしわをどうにかしろ」


「どうにかできてるものならとっくの昔になんとかなってるよ」と目の前の人物、双蓮は悪態をつく


「だいたいさー『他人のことなんざ糞喰らえ』精神のあんたに診てもらわなきゃいけないわけ?」

「知るか」

「ほかの人だっているのにさ。この間なんかすっごい美人看護婦さん見たのに。なんでよりによって……」

「うるせえ。俺だって好きでてめえみたいな患者――」


そこまで言って三蔵は言葉に詰まった


「スミマセンネーあたしみたいな患者なんぞ誰も診たくないデスヨネー?」

「そういうわけじゃ――」

「何が違うって言うの?」


双蓮は射抜くようにまっすぐ三蔵を見る

先ほどの人を小馬鹿にしたような明るさはなく、伝わって来るのはどす黒い嫌悪と諦念

彼女の視線に三蔵は心臓をぎゅっと掴まれたような感覚に陥る


――耐え切れない


視線を逸らしたいのに可愛らしい桃色のそれが三蔵を捕らえて離さない

石像のようにぴくりとも動かなくなった三蔵に双蓮は静かに視線を落とした


「ちょっと言ってみただけ、ごめん」


「てめえに謝られる筋合いなんてねえよ」と言うつもりが、口が動かない


――言わなければ


「わかってるよ、あんたがそんなこと思ってないことぐらい」


言葉の代わりに出てきたのは小さな舌打ちだけだった





結局沈黙に耐え切れず、「4時間後また来る」という捨て台詞を吐いて三蔵は逃げた

苛立ちを表すようにリノリウムの床が小さく鳴る

すると、視界の端に紅がちらついた


「随分ご機嫌ナナメのご様子で」

「……」


カツカツカツ


「って、オイ無視かよ!!」

「今清掃員を呼んできてやるからそこでおとなしくしてろ腐敗ゴキブリ」


『俺は今猛烈に機嫌が悪いんだ』オーラを放つ三蔵に悟浄は何となく事の経緯を理解した

これが初めてではないからだ


「なーにまた言っちゃったのー?」

「……てめえには関係ねえ」

「人が心配してやってんのに三蔵サマったら酷いわ!」

「解剖してやろうか?」


これ以上言うと本気で解剖されかねないので悟浄は大人しく本題に入った


「ほらよ」


悟浄はジーンズのポケットから小瓶を取り出すと、三蔵に放る

受け止めたそれには半分ほどの液体が入っていた

光にかざせば、七色に揺れるそれは薬だった


「今月分は何とかなったが、来月はちと厳しいだろうよ」


悟浄の言葉に三蔵は何も言わなかった

悟浄のほうもなにか返ってくるとは思っていなかったようで、そのまま無言で手を振りながら立ち去った


「クソが」


受け取ったそれを乱暴にポケットに突っ込み、またわざとらしく音を立てながら歩き出した





三蔵はここの病院の研修医

そして双蓮は患者であり、古くからの知り合いでもある

といってもその仲はいたって険悪で顔を合わせるたびに罵詈雑言を飛ばしあうほど

本人たち曰く、「嫌いじゃないけど、存在自体が気に食わない」とのこと

そんな二人をよく知る、双蓮の担当医であり、三蔵の指導係である光明医師は「ただのじゃれあいですよー。いやあ微笑ましい光景ですよねー」と言う

余談だが、光明は二人の育ての親でもある

三蔵が高校入学と共に光明の下を離れた双蓮と再会したのは一年前

有名国立大学の医学部を無事卒業した三蔵は育ての親であり、医者として遥か上、雲の上の存在の光明の推薦を受けてこの病院に研修医としてやってきた

そんな矢先に双蓮が右目から血を流し、激痛を訴えて運ばれてきたのだ

嫌なことに三蔵はまだ彼女が運ばれてきたときのことを覚えている、鮮明に、それこそ今もまだ脳裏に焼き付いている


――どくどくと紅を流す右目から生える人間のものとは思えない小さな蕾


無意識のうちにそれに触れようとしたとき、誰かが三蔵の腕を掴んだ


「触ってはいけません!!」


いつになく焦燥した光明が隣にいた

それからのことはあまり覚えていない

気がつけば、無機質な病室で双蓮がいつもどおりに罵詈雑言を飛ばしていた

右目に薄桃の蕾を生やして





「いやー相変わらず三蔵先生と仲いいですねえ」


顔を上げれば、そこにはニコニコ笑顔の水櫁がいた


「そう見えるなら眼科に行くことをオススメするね」

「視力はこう見えても1.5はあるんですけど?」

「じゃあ精神科か」

「相変わらず容赦ないですねえ」


クスクスと彼女が笑えば、鮮やかな青が微妙に色を変えて輝く

水櫁もまた双蓮と同じく奇異な病気の持ち主だ

双蓮は右目から睡蓮の花が咲くというアリス(このような原因不明の奇病の総称・隠語)に対して水櫁のは背中から蝶のような青い翅が生えてくるというものだった

光の当たる角度によって輝き方が変わるそれは病気でなければ見とれてしまうほど美しい

ちなみに入院歴で言えば、水櫁のほうが断然先輩だ(ただし年齢は教えてくれない)


「で、今日は何をやらかしたんですか」

「何もやらかしてないし」

「その割には随分落ち込んでらっしゃるみたいですけども?」

「別に」

「まあ大方検討は付きますけどね」


「わかりやすいですからねー」と言って水櫁は双蓮のベッドに腰を下ろす

自分のベッドがあるんだからそっちに座れよというツッコミは野暮だ


「何買ってきたの?」

「チョコレートとお饅頭、あとプリンです」

「うわー全部甘いものじゃん」

「いいじゃないですか。生理的欲求に逆らうのはストレスのもとですよ」

「あっそ」


彼女のアリスには症状として甘いものが無性に食べたくなる

一日最低でも三回はこうして病室を抜け出してはどこかで甘いものを買ってくる

果たしてそんな目立つ格好で病室から出ていいものかと思うところだが、完全に隔離されたこの病棟(専用の購買がある)でそんな心配はない


「そんなに食べるとまた看護師の人に怒られるよ」

「バレなきゃいいんですよ。血糖値は普通ですし。あ、一口食べます?」


水櫁がスプーンいっぱいにプリンを差し出したとき、


「それじゃー遠慮なくいただきまーす」


パクッと食べたのは双蓮ではなく、


「んーまあ在り来りな味だね」


もぐもぐと口を動かすのは白衣以外黒一色の男


「う、烏哭先生!?」

「やっほー双蓮ちゃん」


驚く双蓮に笑顔で挨拶をする

「どう? 元気?」の常套句に双蓮は「あ、まあ、普通です」と返した


「相変わらずお元気そうですねー烏哭先生? 何か御用で?」


さっきまで甘味を堪能して上機嫌だった水櫁が言う


「自分の患者の様子を見に来るのはダメかい?」

「そんなことは一言も言ってませんけど? しかし先生がそんなこと言うなんて明日は人工衛星でも降るんですかね?」


表情はさっきと同じように笑顔なのだが、容赦なく言葉に牙をむく

双蓮は心なしか、彼女の後ろに黒い靄のようなものが見えた

仮にも水櫁の担当医でもあるにこの態度はいかがなものだろうか(そういう双蓮も人のことは言えないが)


「それにしてもいつ見ても綺麗だね、君の翅は」

「お褒めに預かり光栄です」


全然嬉しさが伝わってこない言い方だ

双蓮が三蔵に対してそうであるように、水櫁もまた同じようにこの男が気に食わない

相違点を挙げるとすれば、水櫁はこの男が本気で嫌いであること、逆に烏哭はそう思ってない(むしろ好意に近いものを持っているように見える)

あと双蓮と三蔵が表立ってギャーギャー騒ぐのに対してこちらは静かに、水面下で争う


「そりゃあもうコレクションに加えたいぐらいだよ。できるならずっと眺めていたいねえ」

「はいはい冗談はその存在だけにしてくださいねー」


正直このふたりのやり取りは聞いていて心臓が持たないと双蓮は身を縮こませる

休まるものも休まらないと思ったとき、第三者の声がした


「水櫁さん、点滴の時間ですよ」


点滴パック、注射諸々を乗せた銀のトレイを持ってきたのは看護師の八戒だ

水櫁は八戒の姿を捉えると、いつもどおりおっとりした雰囲気を纏い、「お願いします」と答えた

決して猫を被っているわけではない


「そういうことなんでさっさと出ていてくれますか烏哭先生?」


にっこりと水櫁が(色々な意味で)最上級の笑顔を向けると、「仕方ないかー」と言って烏哭は病室を後にした

水櫁が自分のベッドに戻るのを見計らって双蓮は「助かった……」とバレないように溜息を吐いた


「あ、また勝手に食べましたね?」


八戒はゴミ箱に捨てられた銀紙やからになったカップを見ながら言う


「今のところ異常はないですが、程々にしてくださいね」

「はーい」


双蓮と似た歳にもかかわらず、慣れた手つきであっという間に処置を済ます


「そうそう。それと16時から検査があるので忘れないでくださいね」

「……またあれと顔を合わせるんですか」

「仕方ないですよ」


最後に投与量を調整すると、「なくなったらまた来ますね」と言って彼も出て行った





――そしてその日を境に水櫁は病院から姿を消した







一人きりになった二人部屋が酷く寒く感じた

そこにいたはずの存在を感じられなければ、寝息も感じられない

飛び降り防止の格子が付いた小さい窓からはわずかばかりの月明かりが漏れる


眠れない


眠れなくなったのはたぶんここに運ばれてきてから

育ての親であり、担当医であるあの人が言うには病気の影響らしい

それでも薬さえあれば眠れたのに


同じ部屋の住人が消えたという言葉の意味がわからないほど、都合のいい頭ではない


――死んでしまった


ついこの間まで生きていたのに

一体どんなふうに死んだのかは知らない

激痛に耐え、苦しみながら死んでいったのか

安らかに眠るように死んでいったのか

何も知らない

いや、知りたくもないというのが本音だ

死の瞬間など誰が進んで知ろうというのだ

その先には何もないというのに


――彼女が死んだことを聞いたとき、不思議と涙は出なかった


もし彼女が生きていたら「薄情ですね」と笑っていただろう

別に我慢していたわけじゃない

悲しくなかったわけじゃない

でも出なかった


「おい」


誰もいなかったはずの部屋に気配がしたと思ったらアイツがいた

振り返らなくてもなんとなくそこにいることがわかる


「まだ眠れねえのか」

「……別にいいでしょ」

「薬は?」

「飲んだ。でも眠れない」


たぶん寝てるかどうかを確認しに来たのだろう

そのまま出て行くかと思ったら、


「なに」


勝手に背を向けながらベッドに座ってきた


「死ぬのが怖いか」

「……」


“らしくない”と思ったのは誰に対してだろうか


「もう一度聞く。死ぬのが怖いか」

「……どうだろうね」


怖いが、心は妙に凪いでいる


「確かに死ぬことは怖いけど、でも全ての物事には必ず終わりがあるわけで。それが遅いか早いか、その違いしかないと思う」


死は平等に、そして不平等に訪れるものだと昔、彼女が言っていた


「ねえ」

「あ?」

「アンタはあたしが死んでもそのまんまでいてよね」

「は?」

「アンタみたいな奴に泣かれるなんて御免よって言ってんの。誰が好き好んで見たいのよ」

「てめえな……誰に向かって物言ってんだァ?」

「さあて誰でしょーね」


はぐらかせば、眉間にしわを寄せるのがわかった

見えなくてもこれぐらいの変化はわかる


「というかそこは『俺はお前を死なせない』とかいうところじゃない?」

「誰が言うか」

「あの赤毛が言いそう」

「……それはわかるな」

「最も簡単に死んでやるつもりなんてこれっぽっちもないけどね」


我ながらぎこちない笑みを浮かべれば、


「ふん。ほざいてろ」


そう吐き捨てると、結局一度もこっちを見ることなくあいつは出て行った


「せいぜい立派な医者になりなよ」




――それから一週間後、彼女は右目に美しい薄桃の大輪を咲かせた







-----あとがき-----
ぱんぱかぱーん!!
ねこまさん13000hitありがとうございます!!
お返事にも書いてましたが、まさかねこまさんが我が家に遊びに来ていたとは全く、露ほども知りませんでした嬉しい!!

お待たせしてすみません……
書き始めたのはリクを頂いてすぐだったのですが、なかなか進まず、ずるずると時間だけが過ぎてしまいました
あとだらだら書いてたらこんなにも長く……(約10KB)
最近長々と書く癖がついてしまったようで
そのくせ超展開すぎてすみません、たぶん追いつけてないと思います
正直前半のフリとかあんまり意味ないです(笑)
今となっては書いた自分でさえ何をしたかったのかよくわからなくなってます……

内容はまあ読んでいただ通りです(ひどすぎるので何も語るまい)
本当はもうちょっとキャラと絡ませたかったんですけど、うまくいきませんねー
一番の敗因は久しく三蔵たちを動かしてないからですね、誰てめ状態(とくに烏哭)
本当は三蔵一行+お師匠様のはずだったんですが、悟空除く三蔵一行+お師匠様+烏哭になってしまいましたアレー?
双蓮と水櫁の二人とのリクエストでしたが、水櫁の出番が\(^o^)/
一応水櫁編もあることにはあるのですが、それまで書いてしまうと、それこそ連載する勢いになりそうなので……
本編ではほとんど出番のない双蓮を中心にさせていただきました

まあうだうだと書いても全く面白くもなんともないのでこのへんにしておきます

少しでもお気に召してくれたなら幸いです

リクエストありがとうございました!!
よければこれからもよろしくお願いします!!



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