I wish upon a star.
「こんな時間に何の用だよ」
真冬の寒さに身を震わせながら有梨は目の前の男、跡部に言った。
現在、午後十時前。
本来ならば、中学生ごときが出歩いてはいけない時間だ。
「で、マジで何の用? あれだけしつこく一方的に連絡よこしておいてくっだらねえ用事だったらぶっ飛ばすからな」
本来、有梨は呼び出しに応じるつもりはサラッサラなかったが、一週間にも及ぶ熱烈な爆撃(メール)により白旗を挙げざるを得なかった。
「フッ、この俺様がそんなヘマをすると思うか?」
前髪をフサァとキメるが、
「思うから言ってんだよ」
と、見事一刀両断。
彼の場合、ヘマというよりは予想だにしない奇行に走ると言ったほうが正しい。
それは今まで彼に関わってロクなことがないという有梨自身の経験に基づく。
この上ない疑いの眼差しを向けるも(自他称)一国の王には意味はなかった。
「さて、時間が惜しい。車を用意しているから乗れ」
跡部が指差す後ろには当たり前のように高級車が待機していた。
「……は?」
「時間がねえっつてんだろ。さっさと行くぞ」
有無を言わせぬうちに有梨の手を掴み、そのまま車に押し込む。
それから有梨が暴れだす前に「例の場所に向かえ」と中学生とは思えないカリスマで運転手に指示を出す。
「かしこまりました」
と、運転手はゆっくりとアクセルを踏んだ。
「ちょっ、どうしてくれんだよ!! 識には『ちょっとコンビニ行ってくるわー』としか言ってねえんだぞ!!」
「安心しろ。本人から承認済みだ」
すると、跡部が何か投げてきた。
受け取ったそれは跡部のだと思われる携帯。
その画面には、
『朝帰りだけは勘弁してくださいね』
と、識が跡部に当てたメッセージが簡潔に書かれていた。
「嘘ぉん!?」
「嘘だと思うんならアドレスでも確認してみな」
言わずもがな、送信元は紛うことなき識のものだった。
「アイツ知っててわざわざ見送ったんだ。クソッ!! 謀りやがっやなあ!!」
「そういうことだ」
目の前にはドヤ顔の跡部、脳内では自動再生(映像音声付き)される式の嘲笑。
腹が煮えくり返り、頭が噴火しそうになるも、すでに車は走り出しており、逃げ場はない。
「帰ったらアイツがオレにこっそり隠してるチョコレートケーキ食べてやる」
と、復讐を誓った。
これは後日談になるが、その行動でさえも識に先読みされ、逆に10倍返り討ちにあうのだった。
「……どこに連れて行く気だ」
殺気を最大放出する有梨が問う。
「着けばわかる」
このあと幾度となく「どこに行くのか」とか「目的はなんだ」と問い詰めても跡部は「行けばわかる」の一点張りで教えてくれはしなかった。
やがて無意味だとわかると有梨は一切喋らなくなった。
沈黙は一時間以上続いた。
○
有梨がうつらうつらと船を漕ぎ始めた頃、エンジン音が消えた。
「着いたぞ。降りろ」
まことに不本意ではあるが、言われたとおり車を降りる。
車を出た外は文字通り真っ暗。
遠くの頬に米粒のような人工の光が見えるだけで、すぐ近くは本当に闇一色。
暗すぎて下手に動けないでいると、
「何ぼさっとしてんだ。行くぞ」
どうやら跡部の得意技、インサイトは暗闇でも有効らしい。
跡部はまた先ほどと同じように有梨の手を取ると、ずんずんと迷うことなく進んでいく。
車の中で覚悟――という名の諦め――を決めた有梨は目立った抵抗をすることなくされるがままに。
「ここだ」
連れてこられたのは、
「河原?」
水の流れる音と水面にはぼんやりと歪に映る月。
「マジでなんなんだよ……」
想像していたものとの違いに戸惑いを隠せない有梨は一刻も早く帰りたいとため息をついた。
――その時だった。
視界の端に何か光るものがちらついた。
バッと見上げた時にはすでに何もなかったが、なんとなく彼の目的がわかった。
「流星群……」
「お前にしては察しがいいじゃねえか」
「うっせえ。川に沈めっぞ」
本気の視線を贈ろうとするも、
「あ、ほら今流れたぞ」
「え!? どこ!?」
「フッ、俺に夢中になりすぎて見逃したか? まあ俺様の輝きに比べれば――」
「黙れホクロ。ああ!! 流れた!! 今、流れたぞ!!」
跡部の歯の浮くようなセリフも見事にスルーし、はしゃぐ有梨。
このようにことごとく渾身の一言は見事に沈められていったが、珍しく跡部の前で彼女に純粋なな笑顔が浮かぶ。
それだけで跡部は十分だと思った。
だが、最初こそはしゃぐ有梨だったが、
「ぶ、ぶ、ぶうぇえっくしょん!!」
とても大企業の令嬢とは思えない豪快なくしゃみが響いた。
「あ、やっべ、めっちゃ寒くなってきた」
「お前なんて格好してきたんだよ! 12月だぞ!?」
「だからちょっと外出る程度だって思ってたんだよ!! あ、出そう」
やっぱり令嬢どころか女子とは思えないくしゃみを連発。
「今すぐ帰るぞ」
「は?」
「風邪ひいたらどうすんだ!」
「嫌だね!! 流れ星に願い事三回言えるまでオレは絶対帰らねえ」
まだそんな迷信を信じているのかと思う跡部だったが、有梨の目に揺ぎはなかった。
こうなってしまった有梨は目的を達成するまでに何が何でも絶対に動かない。
しかしこんな薄着では確実に風邪をひく。
ならば、と跡部はすぐに行動した。
「ほらよ」
素早く着ていたコートを脱ぐと乱暴に有梨に押し付ける。
「ばっかじゃねえ!? ……それじゃあお前が寒いだろ」
これまた珍しく跡部を気遣う有梨。
補足説明しておくと、一テニスプレイヤーとしての心配である。
「そんな柔じゃねえよ。ほら、願い事まだできてねえんだろ?」
「い、いや、まあ。そうなんだけど……」
「お前に風邪ひかせたらお前の両親が心配するだろ? なにより俺が顔向けできねえ」
今の両親は本当の親ではないが、それに優らずとも劣らずの愛情を目一杯注いでくれている。
そんな優しい人たちに余計な心配はさせたくなかった。
「最後の一言は聞かなかったことにしてやる」
複雑な顔をしながらもコートの袖に腕を通す。
「……今度洗って返す」
「別にいい」
「いやオレが嫌だ。お前の場合、オレの匂いがついてるとかでそのまま密封保存しそうだから――って、『その手があったか!』みたいな顔すんじゃねええええ!!」
――その後、一時間に及ぶ流れ星と有梨の格闘は後者の勝利で幕を閉じた。
------アトガキ------
秋穂さん、キリリクありがとうございました!!
跡部と有梨(主2)とのギャグか甘のリクエストでしたが、笑いも糖分もすごい微妙な作品になってしまいました……。
一応、これの他に『If 主たちが氷帝に転校してたら』ネタで跡部に一日中追っかけ回されるっていうネタもあったんですが、つい最近ふたご座流星群が話題になってたので季節ネタに走りました。
あ、ちなみにコイツら別に付き合ってはないです(白目←。
相変わらず起承転結の起が長くて結が短いですね……。
有梨が何を願ったかは秋穂さんの想像にお任せします←←
跡部が初めに上着を貸さずにすぐに帰ろうと言ったのは本当に有梨の体を心配していたからです。
ふてぶてしくて俺様な跡部様ですが、本当に好きで大切なので。
惚れたやつには実はすごく尽くすタイプだと思います←
本当にキリリクありがとうございました!!
どうぞこれからもよろしくお願いいたします!!
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