Side Extra | ナノ

ヒュプノスが嘲笑う


※未来(大学生・一人暮らし)設定



 はたと目が覚め、だいぶ軽くなった体を起こし、ゆっくりと部屋を見渡す。
 ゲームや漫画、プリント類で散らかった部屋に響くのは小さな時計の秒針のみ。
 何も変わっていなかった。初めから何もなかったようにいつもどおりの光景だ。

 だから眠りにつく前の出来事が熱に浮かされた自分の都合のいい夢としか思えなかった。





 ぴんぽーん。

 カーテンに仕切られ、外界から遮断されていた部屋に随分間抜けな音が響く。昼間とは感じさせない暗い部屋の隅で丸まっている塊がその音にわずかに動いた。

「……」

 ベッドの主、切原はもぞもぞと顔と手を出し、枕元に置いてあった携帯を手に取った。時刻とメールなどの通知を確認。何もなかったところで先ほどの呼び出し音など何もなかったように再び布団の中に潜った。

 ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。

 ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん。


「っあああああああうっせえんだよ!!」

 勢いよく布団から飛び出すと、下の部屋にも響くんじゃないかと心配になるぐらい大きな音を立てて玄関へ向かう。

 こっちは風邪でただでさえ地球割り起こせそうなぐらい頭痛が酷いのにさらに悪化させるように連打すんじゃねえ!!

 これで宅配ならまだしも新聞やら怪しい宗教の勧誘だったらそれそこそぶっ殺してやるとドアを開けた。
 ところが鼓膜が破れるほど怒鳴り散らしてやろうと腹に溜めていた空気はぐっと喉で止まった。

「ったく、一回で出ろよ」

 全くの第三者だった。
 予想外の人物にいつもの切原なら問答無用で扉を、鍵を閉め、何も見なかったとすすっとベッドに戻ったに違いない。
 しかしいまは満身創痍同然。
 切原が動くより先に目の前の人物が動いた。

「いやいやいやちょっと待てなんでてめえがこんなところにいんだ!?」

「あ〜クソ寒っ」と言いながら切原を押しのけ我が物顔で部屋に入ろうとする有梨を止める。
 止めたつもりだったが、ばちんっと派手に額を叩かれる。もしこれが漫画だったならきっとしゅうぅと音を立てて煙か何かが立ち上ったに違いない。
 病人に対するものとは思えない威力+頭痛に体が耐え切れず、膝をつく。

「ほら、冷えピタ貼った上でいつまでも外に居たらもっと悪化するぞー」

 額の痛みが引き、ひんやりと何かがあたっていると思ったら冷えピタだと気がついた。
 それなら普通に貼れよと突っ込みたかったが、これまた派手なくしゃみに渋々家に戻らざるを得なかった。





「んじゃやるか」
「待て待て待て待て待て待て」

 右手に下げてたビニール袋を台所に置き、腕まくりをする有梨に今度は一瞬の遅れを取ることなく突っ込んだ。

「てめえは俺を殺しに来たのか!?」

 痛む喉を無視して思いっきり叫んだ。
 切原の脳裏に蘇るのは中学時代の調理実習。
 切原も大概だったが、有梨の料理実績は立海テニス部お墨付きの腕前である。もちろん壊滅的な意味で、だ。
 切原自身もその味を堪能したからこそ今有梨がやろうとしていることを、例え体の節々が悲鳴を上げ、酷い頭痛と吐き気に苛まれようとも阻止しなければと本能で動いていた。
 すると、しょっちゅう衝突していたあの頃の険しい表情で睨んできた。

「……病人は黙って寝てろ」

 ただそれだけ言うと、半ば蹴り倒すような形で切原を台所から追い出す。

「……おわった」

 ぎゃんぎゃん喚くかと思えば、たった一言しか返ってこなかった。それが逆に切原の不安を煽ったのは言うまでもない。
 せめてもの足掻きだと生気のない目でどこかに眠っているはずの胃薬を探し始めた。





「なん、だと……」

 目の前に出されたものを見て切原は己の目を疑った。

「ふっふーん」

 切原の隣に立つ有梨は誇らしげに鼻を鳴らした。
 彼の目の前にはホカホカと湯気が上がるお粥。卵も入っており、全体的に淡く黄色に輝いていた。
 見た目にだまされるなと自己暗示をかけるが、空腹を刺激する匂いは彼が想像していたものとは反対のとても優しいものだった。

「……」

 自然と喉が鳴る。

「どうした〜? まさかあまりに美味そうで疑ってんじゃねえだろうな?」
「お前、自分の胸に手ェ当てて思い出してみろよ。中学時代俺がてめえの料理でどんだけ酷い思いをしたかをな!!」
「む、昔は昔!! いまはいま!! いいから黙って食えってんだ!!」

 有梨の気迫に押されるが、彼女の声が上ずっていたことに切原は気付かなかった。
レンゲを持つ手に力が入る。一口にも満たないわずかな量だけ掬うと、ゆっくりと口元まで運んでいく。
 見た目も匂いもほぼ完璧だ。普通なら喜んで食べていくが、なんせ作ったのが有梨だ。何度も疑わざるを得ないのだ。
 だが、上から突き刺さる視線にふうふうと数回冷まし、覚悟を決める。

「……」
「どーよ?」
「……」
「おい」
「……」
「おーい」

 食べたまま呼びかけても微動だにしない切原に有梨は密かに焦りを感じた。

「……うま、い」
「……ん? いまなんて?」
「美味い」

 だがそれも杞憂に終わった。
 彼の言葉をしかと受け止めると、有梨は隠すことなく喜びのガッツポーズを取る。

「どーよ! オレが本気出せば、お粥ぐらいちょちょいのちょいよ!!」

 いまだ信じられないというように固まる切原に「オホホホホホッ」とどこぞのお嬢様のような高笑いをあげた。勝利の雄叫びである。

「これ、マジでお前が作ったのか……?」

 にわかには信じられない出来に思わずそんな言葉が漏れる。

「ったりめえだろ。ほかにだれがいるんだよ」
「市販だってあり得るだろ」
「だったら市販のと食べ比べてみるんだな。どっちが美味いかなんて比べるまでもねえがな!!」

 っていうか、と有梨はさらに続ける。

「そんな疑うんだったらべ、別に食わなくてもいいぜ」
「だ、だれも食わねえなんて言ってねえだろうが!」

 お粥を下げようとする手を掴む。そのまま有梨の手を撥ね退け、残りのお粥を食べていく。じんわりと胃が温かくなるのと同時にどこか心もそうなるような感じがした。

「あぢっ!!」
「お、おいおいそんながっつくなよ!」

 熱い熱いと動く口元を押さえる。有梨はすぐさま水を用意。

「や、やけどするかと思った……」
「ったく、別にもう取ったりしねえからゆっくり食べろよ」
「……おう」
「あ、それともあれか、『ふーふー。あーん』でもして欲しいのか?」

 有梨のにやにやと意地の悪い笑みに全力で否定する。
 「そんなガキじゃねえし、なにより俺のプライドが許さねえ!」とあれやこれや矢継ぎ早に言うが、本音のとしてはまんざらでもなかったりする切原。
 付け加えるならどうせならやられるよりはやりたいと。



 もくもくと食べていく切原に有梨は相手にあっと言わせた優越感と安堵に包まれていた。

 何故どうやって彼女が切原のところに押しかけてきたかは、簡単に説明するなら彼らの先輩たちと彼女の相棒によるいらぬ気遣いによるものである。
 先輩たちから連絡を受け、「あ、俺たちどうしても外せない用事あるから代わりに見舞い行ってきて」と逃げられ、相棒からは「まさか手ぶらで行くんじゃないでしょうね?」とご丁寧に一からお粥の作り方を短時間で叩き込まれた。

 最初こそ、なんでオレが……と愚痴を吐いていたが、目の前で自分の作ったお粥を美味しそうに食べる彼を見て、まあいいかと思う。

 何気なしに「美味そうに食べるなあ」と本人でも気づかぬうちに漏れた言葉に彼もまた無意識のうちに「美味いよ」と答えた。
 お粥に夢中だったのもあるだろうが、そう答えた彼の表情は啀み合いなどでの嘲笑う笑顔なんかよりずっと穏やかで、

 くっそ、マジかよ!

 と、思わず顔を赤くしてしまうほど、有梨のドツボをついてきた。

「あ? お前なに机に突っ伏してんの?」
「……なんでもねえよ」

ちくしょう。





「ごちそーさま」
「へいへい。おそまつ」

 ご丁寧に風邪薬まで用意されており、さらっと飲み下す。

 作っただけで帰るのかと思いきや、ちゃんと後片付けもしていくようで皿とコップを手に有梨は台所へ消えていく。
 ふうと息を吐き、ベッドに腰を下ろす。水の流れる音と陶器が鳴る音がどんどん遠く感じ、うつらうつらし始める。
 このまま寝てしまっても良かったが、彼にはまだ一つ寝る前にしておきたいことがあった。

 まだ、礼言ってねえ……。

 なんだかんだ世話を焼いてくれた有梨にどうしてもちゃんと向かって言いたかった。
 切原自身、『そんなの別にいいだろ。柄でもない』と思う。だが、なんだか言わなくてはいけないような気がして、しかしそれはきっと熱でうかされているせいだと言い聞かせた。

 とにかくいま寝てはいけない。

 だが、睡魔は無常にも切原をじわりじわりと追い詰めていく。

 ……ああ、くそっ、だらしねえなあ。





 はたと目が覚め、だいぶ軽くなった体をがばりと起こし、ゆっくりと部屋を見渡す。
 ゲームや漫画、プリント類で散らかった部屋に響くのは小さな時計の秒針のみ。
 何も変わっていなかった。初めから何もなかったようにいつもどおりの光景だ。
 
  結局自分は何も言えずに寝てしまったらしい。

「あー……」

 唸り声にも似たため息を零す。 体は楽になった代わりにずんっと心が重たくなるのを感じた。

 どうも格好付かないのは昔かららしい。

 何とも言えない気持ちでいると、視界の端でちかちかと携帯が光っていた。

 有梨からだった。

 内容は先輩たちも心配してたぞ、彼女の相棒からの差し入れが冷蔵庫にあるから夕飯はそれを食べろよ、と業務的なものだった。
 少し寂しさのようなものを感じたが、それでも有梨が来ていたのが自分の勘違いではなかったということに安心する。
 とりあえず文面でもいいから先にお礼を言おうとしたとき、まだ下に何かあることに気が付く。

「なっ!?」

 一番下には涎を垂らした無様な寝顔の自分と嘲笑を浮かべた有梨とのツーショット。
 しかもご丁寧にヒゲやら頬に花丸などの落書き加工済みである。

「あの野郎!!」

 明日学校で会ったらぶっ飛ばす!!




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