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純白への招待状


「くっそ!! あんの悪魔!! 何が“簡単な任務ですから”だ!? どうみても単独で遂行できるものじゃないだろう!!」


綴は脳裏に浮かぶ白装束の悪魔を八つ裂きにするように次から次へと彼女の行く手を阻む中型悪魔をなぎ払う。

祓魔師の任務、特に討伐任務では複数人で挑むのが決まりであり、それは上一級、四大騎士でも実質一人しか動かないときでも必ず一人は同行させなければいけないことになっている。

ただし聖騎士ややむを得ない時のみなど例外はある。

そう決められているのにも関わらず、何故彼女――下一級詠唱騎士である最條綴はたった一人で討伐任務を行っているのか。

理由は単純明快。

業界の人間には当たり前と呼べる祓魔師の圧倒的人員不足だから。

現在日本各地で大規模討伐任務が複数ほぼ同時に行われており、中級以上の祓魔師は強制的にそちらに回される。

中級に満たない綴はこの任務には参加できず、要請がかからない限り待機を命じられていた。

そんなときだ、メフィストから呼び出しをくらったのは。

大規模討伐任務の影響からか、正十字学園下層部南西部にある森が妙に騒がしく、様子を見て来いと言われた。

ほかにも待機している祓魔師はいるのに単独で向かうというのはどうなのか、と異議を唱えたが、万が一のことがあっては困ると言いくるめられてしまった。

あくまで偵察だけでいいと言われたのだが――


「一体なにが起きてるっていうんだ!!」


鬼(ゴブリン)や虫豸(チューチ)の異常発生、加えて気分が高ぶっているのか、耐えることなく綴に向かってくる。

方や双剣で鬼を切り裂き、方や繰り返す詠唱で虫豸を祓う。

下級の雑魚とはいえ、ここまで数で押されると綴の体力が切れるのも時間の問題だ。

キリがないと悟った綴は一度大きく後ろへ跳び、距離を取ると、


「雑魚が。粋がるなよ」


そう吐き捨てると、綴本人にしか聞こえない小さな声で素早く何か唱えた。

それに合わせたかのようにこの場において唯一の光源だった月が雲に隠れ、


「――――」


一瞬、世界から音と光が消えた。

またすぐに月が姿を現し、月光が地上に降り注いだとき。

無数にいたはずの鬼や虫豸は死骸どころか肉塊、翅一枚すら残っていなかった。


「……はああ」


深く重たいため息が落ちる。

すぐに次の敵が襲ってこないところを見ると、近辺のは一掃できたようだ。

悪魔の異常状態に関して綴は中級以上の強いオーラに当てられたものだと分析する。


「……となると、これは親玉を叩くしかないか」


そう言葉にすると、改めて疲れと白い悪魔に対する怒りが重くのしかかる。

まだ下級だというのに……とさらに不満を漏らしたときだった。


「う、うわああああああ!!」


突如聞こえてきた叫び声に臨戦態勢に入る。

立ち入り禁止区域であるのにも関わらず、叫び声が聞こえるとはどういうことだと更なる悪態をつくもすぐにそちらへ向かった。

鬱陶しい草木をかき分け、広いところに出た。

そこには酷く傷んだ民族衣装のような服を纏った男が力なく尻を付いていた。


「大丈夫ですか!」


男は綴を視界に捉えると、「助けてくれえ!」と情けない声を上げ、彼女にしがみついた。


「一体なにがあったのですか。ここは立ち入り禁止区域ですよ!?」

「か、勝手に入ったのは謝るけど、今はそれどころじゃ――」


怯える男の言葉を遮ったのは腹の奥まで響くような轟音。

そして次にメキメキと枝や木をなぎ倒し、現れたのは――


「土人形(ゴーレム)!?」


荒削りの岩をよせあつめて作られたその全長は周りの気をゆうに超え、大きさだけで言えば中級はあるとされる。


こんなのがいるなんてそれこそ聞いてないぞ!?


思わず舌打ちが出るが、今はそんなことに気を配っている場合ではなかった。

自業自得ではあるが、一般人を戦闘に巻き込むわけにもいかない。


「逃げますよ!」


双剣をしまうと男に逃走を促す。

ところが男は地面に腰を下ろしたまま動こうとしなかった。


「何してるんですか! 早く!!」

「ご、ごめん。に、逃げたいのはやまやまなんだけど、こ、腰が抜けちゃって……」


最悪だ。

口には出さなかったものの、もう最悪としか思えなかった。

だが、そう悠長にしていられたのも束の間、土人形が動けない男を捉えると、男に向かって右腕を振り落とす。


「うわあっ!?」


間一髪、綴が体を張って飛び込み、茂みへざざっと転がりながらも何とか一撃は回避できた。

あと少しでも遅かったら地面に真っ赤に染まった男の押し花ができていたに違いない。

しかしこのまままともに動けない男を連れて逃げられるだろうか。

否。

綴が男であったなら担ぐなり力技で逃げることはできたが、そうもいかない。

となると、とるべき手段は一つ。


「このままここでじっとしていてください」


そういうと綴は一度しまった双剣を再び召喚する。


「わ、わかった。けど、何をするんだい……?」

「逃げられないのであれば、倒すしかありません」

「倒す!? あれを!? 無理だ!! 無理に決まってる!! 君みたいな子供にできるわけがない!!」

「いいから動くな!!」


綴の殺気に満ちた一喝に男は「うっ」と怯む。


「いいからここを動かないでください」


息を深く大きく吸い込み、双剣を強く握ると土人形へと走り出した。


「“神よ、しかが谷川を慕いあえぐように――”」


まず致死節を唱えることで土人形の注意を惹きつけ、できるだけ男から離れたところへ誘導させる。


「“わたしはかつて祭を守る多くの人と共に――”」


詠唱が続くにつれ、一刻も早く綴を排除しようと凶暴化する土人形。

ここで詠唱に集中するためか、綴は足を止めた。

これ幸いと土人形は渾身の一撃を彼女へ振り下ろす。

紙一重で避けたすぐ横には土人形の拳が地面に食い込み、大きなクレーターが生まれていた。


「“わが神なる主をほめたたえるだろう”」


その瞬間を待っていたと綴は最後の致死節を詠唱した。

ピシッと土人形に小さな亀裂が入り、ぴたりと動きが止まった。


さすがに詠唱だけで祓うのは甘かったか。


しかし綴は苦い顔一つすることなく、固まった土人形の腕を器用に伝って頭頂部を目指す。

中級ではあるが、土人形というのは実に単純な造りで祓い方もさして難しいものでもない。

人型をもした土や岩などの額に“emeth”、つまりヘブライ語で真理と書かれた紙を貼る、もしくは掘ることで生まれる。

逆に壊すときは“emeth”の最初の“e”を潰す、傷つけることで“emeth”は“meth”すなわち“死んだ”と書き換えることで簡単に無力化できるのだ。

詠唱の効果が切れ、土人形が再び動き出した時にはすでに綴が刻まれた“e”目掛けて件を振り下ろす瞬間だった。


次の瞬間、一帯に響いたのは土人形が崩れ去る音ではなく、甲高い金属音。


「なっ!?」


弾かれた剣から伝わる反動に腕が震える。

冷静な状況分析、的確な詠唱と急所への攻撃、下級では十分すぎるほど出来た対処だったが、綴はある一点だけ見落としていた。


硬化の印!!


単純で弱点が明確だからこそ土人形の額にはそれを守るなにかかしらの術が施されていることが多い。

すぐさま体勢を立て直そうとするも、完全に詠唱の呪縛から放たれた土人形は綴を振り落とそうと暴れる。

この時、綴のなかである考えが浮かんだが、すぐに使えないとかき消した。


「Eins Zwei Drei」


ふいに聴き慣れた呪文と声が彼女の耳に届く。

直後、綴の真横、土人形の額にやはり見慣れた蛍光ピンクの傘が突き刺さった。

その先端は見事“e”を捕らえていた。


「――――――!!」


文字に表現できない断末魔を響く。

体中に無数の亀裂が入り、ボロボロと手足など先端から崩れていく。

わずかに回避行動に遅れてしまった綴は崩れる岩石に巻き込まれそうになるも、ふわりと何かに持ち上げられ、それを免れた。


「メ、メフィスト!?」

「はい。大丈夫ですか?」


先ほどの呪文といい傘といい、メフィストが助けてくれた。

俗に言うお姫様抱きで。


「なっ、お前――!!」

「おっと、動かないでください。落ちてしまいますよ?」


土埃一つ立てずに華麗に着地し、綴を下ろすと彼女はすぐにメフィストに怒鳴った。


「どういうことだ!? あんなものがいるなんて聞いていないぞ!? あったとしても雑魚の一掃だけだったはずだ!!」


ありとあらゆる罵詈雑言をメフィストにぶつける。


「まあまあ。少し落ち着いてください」

「私は十分落ち着いている!」


どこがですか、とメフィストは突っ込みかけたが、それを言うと火に油を注ぐことになることは明らかだったのでぐっと飲み込んだ。


「今回の件に関しては完全に私の落ち度です。すみませんでした」


メフィストの素直な謝罪に虚を突かれる綴。


「そんな“コイツが素直になるなんて一体どんな萌えがそうさせたんだ”みたいな顔しないで頂きたい。失礼ですね」

「事実だろう。確かに私も冷静さに欠けていた。それで一体何が起きているんだ。お前の結界に中級以上の悪魔は侵入できないことになっているのに何故いる? それに中級土人形の気に当てられていたとしてもほかの悪魔の数、興奮状態ともに異常だ」


まだ落ち着きを取り戻せず、質問攻めする綴をどうどうとメフィストはなだめる。


「はいはい。あなたのいいたいことはよくわかりました。今順を追って説明します」

「本当だな」

「ええ、もちろんです。そのために私自ら来たのですから」


それでもなお綴は疑いの眼差しを向ける。


「“フラグメンツ”」


ふいに綴でもメフィストでもない第三者の言葉が二人の間を裂いた。

驚いて綴が振り返ると、あの男がいた。


「詠唱術の一つで致死節の中でもさらに効果のある言葉を、いや欠片、あるいは断片というべきかな?」


腰が抜けたままかすでに逃げたと思っていた男が、ついさっきまで怯え震えていとは考えられないほど悠々とどこか楽しそうに綴たちのほうへ歩いてくる。

得体の知れない恐怖に綴は無意識のうちに半歩下がった。


「それを特に強く発し、つなぎ合わせることで通常の詠唱よりも倍以上の威力を引き出すことができる術のこと。誰も彼もが容易に使えるものではなく、天賦の才そのものだ。使用者が騎士団が把握しているのはわずか20人にも満たない。しかもここ百年近くは確認されていない」


近づいてくる男から目を離せない一方で、綴の背後にいたメフィストの雰囲気が変わった。


「いやあ、まさか生きてる間にお目にかかるとは思ってもみなかったよ、ぼかぁ」


メフィストとはまた違った胡散臭い笑みを浮かべる男。

深く被られた帽子で目は見えず、それがまた胡散臭さを助長させていた。


「これはこれは。こんな辺境の土地までご苦労様です――ヴァチカン本部所属上一級祓魔師ルーイン・ライト」


メフィストが言い終わるのと同時に男、ライトも歩を止めた。

相対する2人が無言無血の戦闘を繰り広げるが、その蚊帳の外であった綴はメフィストの言っていたことを吟味する。


ヴァチカン……? ルーイン・ライトって、まさか高速詠唱・召喚の!?


「な、なんでそんな人が――」


スッとメフィストが綴を背に隠すように前に出た。


「まさか名誉騎士様が直々に来るとは思ってもみなかったなあ!」

「奇遇ですね。私もまさか無断で私の庭に侵入した挙句、使い魔(ペット)を野放しにされるとは思ってもみませんでした」


お互い笑顔ではあるが、言い知れない凄みが含まれている。

色々と口を挟みたい綴だったが、この2人の威圧に下手に出れず、むしろ一刻も早くこの場から立ち去りたかった。


「それで一体どんな御用でしょう? 自作自演の滑稽な劇にまだ未熟な下級祓魔師を引きずり込んで弄びたかったわけじゃありませんよねえ?」

「じ、自作自演っ!?」


綴の言葉にメフィストは「はあ……」と大げさにため息をついた。


「あなた不自然だと思いませんでした? 例えば偶然迷い込んでしまったとしても一般人に悪魔が見えるわけがない。すぐ近くにいて尚且つ巨体であったにも関わらず全く姿、気配が感じられなかった。そして決定的なのが土人形の額に施された印。土人形のほとんどは人の手によって作られたもので、仮に自然発生によってできたとしても自分の額にインを施せるほど彼らに知能はありませんよ」


綴の完敗だった。


「でも何故そんな真似を?」

「詳しいことはそこの本人に聞けば済みますが、少なくとも彼はあなたに興味があることに間違いはありません。なにせ、私があなたをここに送り込んでから彼もまた追うようにここに来て先回りしてましたから」



「いやあお見事!」とライトは仰々しく手を叩く。

ますますメフィストの眼光が鋭くなった。


「そう。ぼくの目的は彼女の能力値を測り、合否を決めること」

「合否、ですか」

「ぼくがみたところ、戦況・敵情分析から討伐までの戦術の立案と実行力、そして豊富な詠唱知識、特に“フラグメンツ”という希少な付加価値。どれをとっても申し分ない。ただこれが茶番であったと見抜けなかったところが惜しいかな。でもそれを差し引いても十分に合格に値する」


ライトはひと呼吸置き、綴を正面から見据えながら彼の真の目的を告げた。


「ヴァチカン本部所属上一級祓魔師ルーイン・ライトの名において、日本支部下一級祓魔師最條綴、君をわが聖天使團の候補生として仮入団を認めよう」



※引用:旧約聖書詩篇第二巻第四十二篇第一〜五節



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