バイト先の常連客Yの証言
おや、私になにか御用ですか?
突然失礼します。実は少しアンケートにご協力をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?
アンケート? いいですよ。ちょうど一息入れようと思っていたところですから。失礼、その前にコーヒーを頼んでも?
そうでしたらついでに自分も一緒に頼んでもよろしいでしょうか?
ええ、もちろん。ここのコーヒーは絶品ですよ。
そうですか。コーヒーが来る前に先に始めてもいいですか?
どうぞ。答えられる範囲で、ですが。
Q1.この写真の人物をご存知ですか?
おや、××さんじゃありませんか。ええ、もちろん知ってますよ。彼女にはいつもお世話になっていますから。
Q2.彼女とのご関係は?
そうですね……。今までは先輩後輩で良かったのですが、今はちょっとそう表現するには関係が薄いかもしれません。
と、言いますと?
同じ大学ではありますが、学年はもちろん学科も使うキャンパスも違いますので。
そうでしたか。
それ以外で当てはめるとしたら従業員と客でしょうか。
もう少し詳しくお願いします。
従業員は彼女で、いまここでバイトされており、私はこの喫茶に通い詰める客ということです。
先にここのマスターから少しお聞きしたのですが、とても仲がいいようですね。
はい。こういってしまってはマスターに失礼ですが、もともとこの喫茶店は客が多いほうではありませんし、従業員はマスターとその奥様、そして彼女含めたアルバイトが三人。少ない客の中で常連となれば、それなりに話すようになります。それにもともと彼女とは中学で一緒でしたからね。
Q3.なにか最近彼女とのエピソードがありましたら教えてください
最近なら一昨日このようなことがありました。
○
講義や実習、レポートや論文、小試験で忙殺される日々が続いてたのですが、ひょんなことから一日丸々暇ができまして。
これまでの反省や今後の予定の確認、ほかにもやることはありましたが、何故か私は家を出ると足は自然とここへ動いたのです。
今にして思えば忙しない日々から逃げたかったのかもしれません。
いや、本当は――。
いえ、何でもありません。話を戻しましょう。
しばらく間は空いていましたが、マスターは変わらず温かく迎えてくださり、いつものオリジナルブレンドのを注文すると、指定席に腰を下ろしました。
指定席というのはお察しのとおり、私がいま座っている席です。
実はこの席、唯一この店自慢のイングリッシュガーデンを一望できるんですよ。
ほどなくして運ばれてきたコーヒーと共にゆっくりと流れる時間を堪能していました。
ふと体が揺れたと思えば、どうやら少し寝てしまっていたみたいです。
そしていつのまにか庭園に麦わら帽を被った誰かが水やりをしていました。
久しく見ていませんでしたが、それが誰かなんてすぐにわかりました。
初夏とはいえ、照りつける太陽は強く、彼女の額には大粒の汗が何度も滑り落ちていきます。
その中でも草木に水をやる彼女の表情はとても穏やかでした。
私の視線に気付いたのか、額の汗をぬぐったとき目が合いました。
小さく手を振る私に彼女は軽い会釈で返すと、何か言ったんです。
「頑張りすぎですよ」
声が届かないことをそれを考慮して一文字一文字はっきりと動かすと、彼女は最後に自分の肩を数回叩きました。
その意味が分からず首をかしげると、何かがずり落ちました。
いつのまにか寝ていただけでなく、肩にブランケットがかけられていたのですよ。
そのことに気づいたときにはもう彼女は私に背を向けてまたせっせと水遣りを再開していました。
○
情けないことに私はお礼も言わずに帰ってしまったのです。
理由をお聞きしても?
恥ずかしかったのです。紳士たるもの常に礼儀正しくあるべきなのですが、彼女がいるところで寝てしまった挙句気を使わせていまいました。別段何も悪いことではないのですが、妙な気恥ずかしさに彼女と会うことができませんでした。おや、何か不服そうな表情をされてますね。
い、いえ。結局お話されなかったのですね。
そうです。ですが、話すことだけが全てではないと私は思いますね。と、今の私が言ってもただの言い訳にしか聞こえないわけですが。
そんなことはありません。確かに話すことだけが全てじゃないですね。自分が浅はかでした。それではそろそろ最後の質問に入ってもよろしいですか?
ええ。
Q3.彼女のことが好きですか?
はい、好きですよ。気遣いもできて何事にも真剣に取り組む素敵な方だと思います。ああ、先手を打たせてもらいますが、私の好きはあくまで一人の人間としてのものなので、残念ながら異性に対するものではありませんよ。
うっ、そうですか。手厳しいですね。
そうでしょうか。
何はともあれ、これで全てです。ご協力ありがとうございました。
こちらこそ。お役に立てたなら光栄ですよ。
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