迷子の秘事
四日ぶりに着いた街はこのあたりでは特に活気あふれる所だった。
八戒によると次の街までまた数日かかるようで、長時間で疲れ、ふてくされた三蔵含めた六人全員で買い出しに来ていた。
「なあなあ三蔵!! 見ろよあの肉まん!! めっちゃうまそうじゃね!?」
大通りでは食品をはじめとする様々な露店が並んでおり、いたるところから空腹を刺激する芳香が漂う。
特産の豚をふんだんに使った肉まんに目を奪われた悟空が三蔵にねだるのだが、
「なあ三蔵ってば!! ――って、あれ?」
いつもなら鋭いハリセンと共に怒号が飛んでくるのだが、いつまでたっても衝撃は来ないので振り返ってみると、そこには輝く金色はなかった。
「さ、三蔵……?」
もう一度呼んでみるも数人悟空を見るだけで、目当ての金髪はちらりとも見えない。
「悟浄? 八戒?」
ぐるりと360度全方向見渡してもやはり見知らぬ人と視線が合うだけ。
「双蓮!! 水櫁!!」
誰もいない。
そう実感すると悟空は途端にぞくりと寒気を感じた。
周りに嫌というほど人はいるのに見知った顔が傍にいないだけで、体だけでなく急激に心も冷えていく。
そしてフラッシュバックする、ただそこに"居る"だけのあの頃。
「なんで誰も返事してくれないんだよ……」
ぐっと寂しさをこらえながら服を掴む。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。誰か呼びましたー?」
聞き馴染んだ声に俯いていた顔を上げれば、
「水櫁っ!!」
その姿を視界に捉え、彼女の元に駆け寄ると、勢いそのままに彼女の胸に飛び込む。
身長は水櫁のほうが上だが、圧倒的な力の差に一瞬バランスを崩すもしっかりと悟空を受け止めた。
「自分を呼んだのは悟空でしたか。って、おやおやどうかしましたか?」
「……俺。俺、またひとりぼっちになったのかと思った」
ぎゅうっと力強く彼女の体を抱きしめる悟空。
そんな悟空を落ち着かせるように水櫁は優しく撫でる。
その一方で水櫁は三蔵から聞いたことを思い出した。
曰く、誰も立ち入らないような土地で遥か昔500年もの間、ずっと幽閉されていたらしい。
それが原因なのか、悟空は極力誰かと一緒にいるのだと。
その話をした時の三蔵は特に眉間の皺が深かった。
「大丈夫ですよ悟空。もう誰もあなただけ残していきませんから」
いったいどれほどの孤独を味わったか、それは他人がいくら想像したところでわかるわけもなく、水櫁はただ彼が落ち着くまで優しく撫で続けた。
○
悟空が一通り落ち着いたところで水櫁は言った。
「それじゃあ探しましょうか」
え? と悟空が虚を突かれたように聞き返す。
「探すって何を?」
「双蓮たちに決まってるじゃないですか」
その時の彼女の笑顔は実に一点の曇もない清々しいもので、三蔵と悟浄から脳みそ空っぽ猿などと散々言われている悟空でもその言葉に隠れている経緯が読めた。
「……も、もしかして水櫁も迷子だったの?」
恐る恐る聞くと、失敬な! と返ってきた。
「自分が迷ったんじゃありません。双蓮たちが試飲してるところを無視して先に行ったのが悪いんです」
「あ、うん。そうなんだ」
意外と子供っぽいんだなと悟空は思った。
悟空にとって誰かと合流できたのはよかったが、迷子が二人になっただけで状況はあまり変わっていない。
宿に戻れば必然的に会えるのだが、「それができたらこんなところにいませんよ」と当たり前のことを言われた。
「……本当はこの場を動かないで誰か見つけてくれるのを待つべきなんでしょうけど、あのメンバーの中で探しに来てくれるのは八戒さんだけで期待する分だけ無駄でしょう」
確かに八戒以外の三人が動くとは思えないと、うんうんと頷く悟空。
「なので適当に歩いていずれ宿につくことを願いましょう。あまりじっとしているのは性に合わないので」
「それじゃあ行きますか」と水櫁は手を差し出した。
また呆気にとられる悟空をみて彼女は小さく息を吹き出しながら笑う。
「今度は離れ離れにならないように、ですよ」
ね? と水櫁はウインクを飛ばした。
差し出された手に悟空はゆっくりと掴む。
その手は一般的な女性のような柔らかさはなく、刀を振るうための硬いものだったが、温かくとても優しい感じが伝わってきた。
「ふふ」
「どうかしました?」
「なんか心がくすぐったいなって思ってさ!」
「自分もですよ。誰かと手をつないだことなんてないですから。なんだか子供が出来たみたいですよ」
「それじゃあ水櫁が俺のお母さんってことだな!!」
悟空が子供ならその手をつなぐ水櫁は母だと彼は当たり前のことを言ったのだが、水櫁はとても驚いたような顔をしていた。
「水櫁?」
「いえ、なんでもありません。それじゃあお利口さんな悟空にはご褒美として肉まんを買ってあげましょうか」
「マジで!? やったあ!!」
「ただし、三蔵さんたちには内緒ですからね?」
「わかった!! 俺と水櫁だけの秘密だな!」
「ええ、二人きりの秘密です」
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