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ゆめ≒うつつ


最近よく見る夢がある。

誰かが死ぬ夢だ。

正確には俺が誰かを殺す夢。


辺り一帯は轟々と炎が燃え盛り、チリチリと肌や喉を焼く。

足元にはその炎に照らされて不気味に輝く血と死体。

まさに地獄絵図の真っ只中に俺は見慣れない黒い服を纏いながら立っているのだ。


見据える先には一人の女。

背丈は俺より小さく、肩につく位の髪と着物のような服にはべっとりと血がこびり付いている。

そんな細かいところははっきりとわかるのに、肝心の顔が靄がかかったように不明瞭だ。


「――――」


何かが崩れる音、甲高い金属音、爆音、そして醜い悲鳴にかき消される声。

それでも何を言っているか、直ぐにわかった。


“殺さないの?”


この場にそぐわない、世間話をするような軽さで言うのだ。


“いいのー、このままだと江戸全てが焼け野原になるんだよ?”


その時ようやく現状を理解する。

この阿鼻叫喚の状況を作り上げたのはコイツなのだということを。


前に聞いたことがある。

コイツには人ならざる力があること。

そしてそれは時に自身の意思に関わらず、制御を振り払い、


――暴走することを。


そのとき腰に差している刀が主張を始めた。

鞘を握れば、それが真剣であることをいやでも思い知らされる。


“躊躇う必要なんてないよ。ただひと思いにここを刺してくれればこの炎は止まるから、ね?”


そう言って女は自身の心臓をトントンと叩いた。

何を躊躇っているのか。

見も知らない女を殺すのに何故こんなにも躊躇う必要があるのか。

このままでは自分も消し炭になるというのに。

それでも鞘を握る手が震えるのはきっと――


“え、なんで××隊長なのかって?どうせ殺されるなら××な人がいいなって思いましてね!”


――俺がこの女に惚れているからに違いない。


そうしている間にますます炎は勢いを増し、呼吸するたび肺は焼かれ、しまいには生き物のように周囲のものを飲み込んでは焼き散らしていく。

自分が死ぬか、女を殺すか。

普通なら秤にかけるまでもないはずなのに。

“ねえ××たいちょー。うちはね、これ以上自分のせいで誰かが傷つくところを見たくないんだ”


それじゃあお前を殺して傷ついた俺はどうなる? 矛盾してるだろ。

そう怒鳴りつけてやりたかったが、もう声は出なかった。


“ねえお願いしますよ”


女がふにゃりと笑うと右目から炎に照らされて橙色に輝く涙が落ちた。

それを見て俺の中の何かがざわめいた。

鞘を強く握り締め走り出す。

音にならない声を上げながら、降りかかる火の粉を振り払い、ただ無我夢中で一直線に駆けた。

きっとこれが最善なのだろう。

納得なんて、理解なんて到底できないが、それでも、


――コイツのあんな涙をもう二度と見たくはなかった。

その一心で俺は――



夢から覚め、バッと起き上がると何故か額を強打したのと同時に「ぎゃあ!」と蛙が潰れたような声が聞こえた。


「……何やってるんでい」


同じく強打した額をを押さえながら地面にのたうち回るクラスメイトがそこにはいた。

確か名前は佐久川楓で今年から一緒のクラス。

と言っても話したことはおろか、目もあったこともない。

そんな奴が一体何の用だ。


「何って、銀ちゃん先生に呼んでこいって言われたからだけど?」


心を読んだかのようにあっけからんと答えた。

そういえば授業サボって中庭で寝ていたのだ。


「あーそれにしても痛かったー。マジで頭真っ二つに割るところだったー」


まだ痛むのか、患部を優しく撫でている。

すっかり凝り固まった体を解しながら彼女を見やる。

夢に出てきたあの女に似てるような気がするが、たぶん直前に見たからだ。

何度も見ている夢ではあるが、目を覚ますと途端に靄がかかったように女がどんな顔をしていたかわからなくなる。


「さっきからジロジロ見てるけど、顔になんかついてる?」

「いや、なんでもないでさァ」


なんとなくバツが悪くなり、視線を逸らした。

胸糞悪ィ。

いつもは夢を見ても、またあの夢かと軽くあしらうことができるのに。

顔をしかめ、聞こえないように小さく舌打ちした。


「……」

「なんでい。お前こそ何ジロジロ見てんでさァ?」


一向に去ろうとせずにガン見してくる彼女に苛立ち、軽くガンを飛ばす。

八つ当たりなのは百も承知だが、このまま自分の中に止めておくこともできなかった。

ところがビビって逃げ出すどころか、ぐいっと顔を近づけてきた。

予期せぬ行動に思わず上半身だけ後ずさる。

見つめてくる瞳に鏡のように自分が映った。

数秒。

たった数秒だけなのに、もっと長いように感じた。


「ん〜……はあ、ダメだこりゃ」

「は?」


思わず頬が引き攣る。

最初から思っていたが、コイツは頭がおかしい。

頭脳はどうか知らねえが、少なくとも常識は根こそぎ欠如してるだろうな。

なんてどうでもいいことをぼんやり考えていたが、コイツの言葉を聞いた次の瞬間――


「やっぱ前に殺した人間のことなんて覚えてるわけないよね」


――目の前のコイツが夢の中の靄が晴れた顔が重なった。



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