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敵わない叶わない恋をしました


「誕生日プレゼント、何が欲しいですか」


全く予期していなかった彼女の言葉に俺は思わずペンを落としてしまった。





その日は一日中、空一面に雨雲が垂れ込んでおり、頻繁に強弱を繰り返していた。

引退してすっかりご無沙汰になってしまった部活に顔を出そうとしていたのに、この天気じゃ台無しだ。

加えて日直も被っていて、クラス全員分のプリントを提出したり、掃除の確認をしたり。

極めつけはこの日誌の感想欄。

この時期になるとまともな授業はほとんどなく、これといったイベントもないため全くと言っていいほど書く事がない。

だからといっておざなりにすると、担任から再提出を食らうハメになる。

当たり障りのないことを書けばいいはずなのに、それができなかった。

そんなことが相まって、今の俺はこの上なく憂鬱だ。


「あーあ、どーしようかなー……」


くるくるとペンを回すも、頭は回らない。

意味もなく外を見るが、雨のせいで視界はどこまでも不明瞭だ。

教室内に目を向けても、閑散と机が並んでいるだけで人っ子一人いない。

もう再提出覚悟で適当に書いてしまおうか。

弄んでいたペンを握り直して向き合った時、僅かに空気の流れが変わった。


「あ、」


と、声を漏らしたのは俺の方だった。

教室の前の入口のところに識が立っていたのだ。

「やあ」とか「どうしてここに?」とか「俺に何か用?」とか言うことはたくさんあったはずなのに俺は何も言えず、指一本すら動かすことができず、ただただ驚いた。

完全にフリーズしている俺を他所に識は何のためらいもなく教室に入ってくると、あろうことか俺の前の席の椅子を横に向けて座ると、本を読み始めた。


「……あのさ、」


柄にもなく、ちょっと遠慮がちに話しかけた時だ。

俺の言葉に被せるように彼女が俺に見向きもしないでこう言った。


「誕生日プレゼント、何が欲しいですか」





「え、ええっと……?」


机の上に転がったペンの存在も忘れ、曖昧な笑みを浮かべる。

ところが質問しているのは彼女の方だというのに一切俺の方を見ず、視線は手元の文字を追っていた。

質問そのものの意味はわかるが、何故彼女がそんな質問をするのか、その意図がわからない。

答えに渋っていると、聡い彼女は察したのか、その経緯を話し始めた。


「柳さんを筆頭としたテニス部のみなさんが『幸村の誕生日ももう三回目で、そろそろプレゼントも何をあげたら喜ぶかわからないからお前が聞いてこい』とのことです」


「真正面から幸村さんに聞けばいいのになんでわたしから聞かなきゃいけないんでしょうね」と続けて漏らした彼女の愚痴に苦い顔をする柳たちが頭に浮かぶ。

あっさりネタバレしてしまったことではない。

識自身がこの計画の真の目的に気づいていないからだ。

きっとこれはテニス部総員による俺へのプレゼントに違いない。

そして彼らは俺の気持ちに気付いている。

というか気づいているからこんなことを仕掛けてくるのだ。


「全くあいつらも粋なことをするよなあ」

「はい?」


だというのに、目の前の彼女はこの有様。

普段は嫌味なぐらい鋭いのに、肝心なところで少女漫画並の鈍さを発揮する。

わざとなのかと小一時間ほど問いただしたいぐらいだ。


「それで何が欲しいんですか。あ、もちろん常識の範囲内でお願いします」

「わかってるけど、そういうのは俺の目を見て言ってくれない?」


彼女は壁に向かって独り言喋っているんじゃないかってぐらい活字に夢中で俺のことなど見向きもしない。

俺の存在なんて本以下なんだと見せつけられているようで気に入らない。

それがこの前柳生が勧めていた本だから尚更その気持ちは募る。

だから一矢報いてやろうと、俺は腰を上げ、身を乗り出した。


「どうかしま――」


椅子が動く音に僅かに反応した彼女の顔を両手で自分の方に向けて固定させると、前髪越しにほんの少しだけ触れるように唇と落とした。


「やっと俺の方を見てくれたね?」


彼女には珍しい、きょとんとした年相応の表情に俺はしたり顔をする。

が、次の瞬間、脳天に強い衝撃を受けた。


「バカなことやってないでさっさと日誌書いてください」


彼女の右手には閉じられた本。

こういうとき、顔を真っ赤にして慌てふためくというのが少女漫画の鉄則なのだが、彼女にそこまでの機能は搭載されていないようだ。


「俺、もっと甘い展開を想像していたんだけど?」


患部を摩りながら言う。


「それはそれは。おめでたい頭ですね」


安定と安心と信頼の毒を吐きながらまた本を開き、続きを追い始めた。


「せめて頬ぐらい染めてくれてもいいと思うんだけどさ」

「ご期待に添えなくてすみませんね」


全く誠意の篭ってない謝罪が飛んでくる。

いくら柳たちがお膳立てしても当の本人がこれじゃあまるで意味がない。

彼女らしいと言えば、そうなのだが、やはり健全な恋する男子としては期待せざる負えないじゃないか。

これはもう鈍いなんて言葉じゃ済まされない!


「あーあ、なんかなあ……」

「つべこべ言ってないで日誌書いてください。書き終わるまで待ってますから」

「はいはい」


転がっていたペンを拾い、すっかり放置していた日誌に向き合った時、またしてもぴたりと止まった。

今、彼女は最後に何と言った……?


「ねえ、今なんて言った?」

「『日誌書いてください』と言いましたが」

「いやいやその後!」

「『書き終わるまで待ってます』ですが、何か?」


一体何を言い出すんだと怪訝な表情を浮かべる識。


「待ってて、くれるのかい?」

「柳さんたちに幸村さんを連れてくるように言われてますし、何よりまだ先ほどの質問の答えを聞いていません」


……つい数秒前に打ちのめされたというのに一瞬でも期待してしまった自分が情けない。


「……君には敵わないよ」

「幸村さん?」


いいよ、いまはそのままでも。

でもいつか、いや、すぐにでも振り向かせてみせるから。

だから俺の答えはひとつ。


「俺が迎えにいくまで待っててよ」



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