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そう遠くない未来で会いましょう


※似非京都弁
※つきましては赤ペン先生(訂正してくださる方)募集中です






今日の最後の授業であったロングホームが思いのほか早々と終わり、いつもより早く解放された。

「あー今日もだるかったー」とか「せっかく早く終わったんだし、ゲーセンでも行こうぜ!!」などのやりとりが聞こえる。


「奏ちゃん! このあと一緒に中心街行かない? すっごい美味しいケーキ屋さん見つけたの!」


ケーキに目がない友達が目を輝かせながら奏が、


「あーっ! ごめんっ!! 今日塾の小テストがあって全然準備してなかったからそっちのほうやらないといけないの」


もう一度手を合わせて謝る奏に友達は「そっかー、奏ちゃん塾行ってたんだよね……」

熟といっても人には言えない塾なわけだが。


「さすが優等生……あたし塾とはたぶん一生無縁だわ……」

「ま、まあ、塾行ってるから必ずしも成績が伸びるとは限らないから」


学校で習うようなことはほっとんどしないんだけどね……と心の中で付け足しておく。


「でもまあそういうことなら仕方ないね。じゃあ今回は残念賞だったけど、今度は一緒に行こうよ!」


手を振りながら「頑張ってね!」と彼女は教室を出て行った。

断られてもなお、奏の事情を理解し、また誘ってくれるのは申し訳ないと思う分とてもありがたかった。

こんな自分でも気軽に遊びに誘ってくれる友達がいる。

祓魔塾にもしえみや燐がいるが、彼らとはまた違ってとてもいい友達だ。

心なしか軽い足取りで奏も教室を出た。





「あっちゃー。ちょっと早すぎちゃったか……」


放課後は誰も立ち入らない特別教室の扉を使って塾に入るも、そこには誰ひとりいなかった。

ということは燐や京都の三人、出雲、宝はまだロングホームが続いているのかもしれない。

しえみは学校へ行ってないので、来るのはだいたい授業開始ギリギリ。


「トホホホ。一人ぼっちか……」


しばらくはこの広い教室に一人かと思うと、ちょっと寂しいので場所を移すことにした。

やってきたのは塾の中庭。

教師陣すら誰もいないが、こちらはまだ開放感がある。

頭上には雲一つない青が広がり、瑞々しい緑が溢れかえっている。

欧州風のちょっとアンティーク調の噴水の端に腰掛け、教科書を開いた


「えっと、今日は……うわっ、地味に長い……」


先ほど行っていたのは教典暗唱術のテストだ。

一人一人立たせて全員の前で暗唱することになっている。

志摩と燐が勝呂にすがっているのを遠巻きからしえみと見ていたことは記憶に新しい。

ちなみにこれを落とすと、あの色々な意味で濃い先生と補習が待っている。

それはもちろん嫌なわけだが、奏には他にも絶対に失敗できない別の理由があった。


「綴にはこんなの朝飯前なんだろうなあ」


今ここにいない青白い髪を思い出す。

雪男が最年少祓魔師であり、“対悪魔薬学の天才”と謳われる一方で綴は準最年少であり、“銀弾のアリア”と言う何とも言え

ない異名がある。

竜騎士ではない綴が『銀弾』と呼ばれているかは、少し聞いたところ角度によっては銀髪にも見えるあの青白い髪を靡かせなが

ら次から次へと剣を振るう姿がまるで弾丸のようだと誰かが言ったことが由来している。

少しの隙も与えず剣を振るう一方ではまるである種の早口言葉のように的確に致死節を唱え、直接的にも間接的にも確実に相手を

倒していく。

そんなわけでそんな異名が付いたそうだ。

もっとも綴の取得称号は詠唱騎士と医工騎士だけで、騎士の資格は持っていないし、本人はこのあだ名で呼ばれることを大層嫌

っている。

閑話休題。

詠唱術の天才と言われる綴にこの詠唱術が彼女へ追いつく一番の道だと奏は思っている。

だからこんなところで躓いている暇などないのだ。

と、志は高いものの、暗記量に目を覆いたくなる。


「それにしたって剣振り回しながら詠唱ってどんな肺してるんだろ……」


ぼんやりとするも、「やっば、今こんなこと考えてる場合じゃなかった!!」と慌てて集中する。

暗唱範囲を三分割し、まずは声に出しながら目と耳を使って頭に叩き込んでいく。

できることなら書きながらやるともっと効果的らしいが、あいにく奏はそこまで器用ではない。

区切りのいいところまでだいたい覚えたところで次はできるだけ見ないで暗唱する。


「“わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主なる神をたたえます。この卑しい女さえ、心にかけてくださいました。いまか

ら……”――えっと、なんだっけ」


ちょっとわからなくなったらチラッと見て続ける。

というようなことをひたすら繰り返す。


「よしっ! とりあえず一応最後まで覚えた!」


あとは全部通して三回連続詰まらずに言えたら合格だ! と、ゴールを決め、ラストスパートをかける。


「“――飢えている者を良いもので飽かせ、飛んでいるものを空腹のまま帰らせたのです”……」


ぴたりと思考が止まった。

今までするすると出てきていた次の言葉が出ない。

ぎゅっと目を瞑り、神経を頭に集中させ、必死に思い出そうとする。

すると、どこからか張りのあるバリトンが聞こえてきた。


「――“主は、あわれみをお忘れにならず、その僕イスラエルを助けてくださいました”」


自分が紡ぐはずだった続きが誰かの口によって紡がれる。

はっと目を開ければ、入口のほうに誰か立っていた。


「“わたしたち父祖アブラハムとその子孫とをとこしえにあわれむと約束なさったとおりに”」


最後まで言い終えると、その誰かと目があった。


「ルカによる福音書の一章四六節マリヤがエリザベツに言うたところやな?」

「あ、はい。そう、です」

「堪忍な。懐かしゅうてつい続き言うてもうたわ」

「い、いえ、どうせ思い出せなかったでしょうし……」


詠唱だけでなく、記述されている場面まで的確に指摘され、驚きを隠せない奏。

祓魔師なのだろうか? と奏は目の前の男を観察する。

黒髪にタレ目で整った顔をして誰かに似ている、ような気がする。

でも服装は雪男や綴が着ているようなコートではなく、どこなく僧侶を思わせるような服と装飾。

塾には鍵がない限り、立ち入ることはできない。

しかし、彼は今ここにいてしかも『懐かしい』と言った。

そしてどことなく既視感が湧いてくる。

不審がる奏に気がついたのか、男の方から口を開いた。


「ああ。俺、ここの卒業生ねん」

「え? ここの卒業生ってことは――」

「せや。正十字騎士團上一級祓魔師や」


「はあ……!」と感嘆のため息が出る。

よくよく見れば彼の胸元には祓魔師の証である赤と青のブローチがきらりと太陽に照らされ、輝いていた。


「ほんま懐かしいわあ。俺も必死に覚えとったわ! ってことは、今日暗唱のテストでもあるんか?」

「あ、はい、そうなんです。今日はそのマリヤの台詞のところが出るんです」

「俺ん時もあったあった。俺なんか三回ぐらい再試験受けたわ」


「まあ俺の弟なんかは余裕で5回以上は受け取ったがな」と笑い飛ばす。

たぶん今だからこそ笑い飛ばせる話なのだろう。

しかし奏は再試験という言葉を聞いてズンッとお腹に何か重たいものが落ちた。


「どないした? 具合でも悪いんか?」


真っ青な奏に彼はぐいっと目線を合わせるようにしゃがみこむ。


「落ちたらどうしよう……」


一分一秒でも綴に追いつきたい奏にとってこんな些細なところで躓いている暇などない。

例えそれが些細なテストでも。

そのときポンと頭にほのかに温もりを感じた。


「嬢ちゃんが何をそないに焦っとるか俺にはわからんけど、大丈夫や」


奏の頭を優しく撫でる手。

その大きな手にじんわりと奏の心が温かいもので満たされる。


「よっしゃ! そういうことやったら俺も手伝うてやる!」

「え、いや、あたしだけでも大丈夫です! もともとなにか用事があって来たんですよね?」

「そんな遠慮せんでもええ。俺がしたいからやるんや。それにもここに来た要件も用済みやから」

「で、でも……」

「ほら、最初からいくで! まずは俺が先に言うからあとから続いてこい」


そういって彼は「“わたしの魂は主をあがめ――”」と勝手に始めだした。

とっさに奏も彼の後に続く。





「“わたしたち父祖アブラハムとその子孫とをとこしえにあわれむと約束なさったとおりに”」


奏の力強い詠唱が中庭に響いた。


「やった!! 全部言えた!!」


三回連続一度も止まることなく、言えたことに喜ぶ奏。


「嬢ちゃんは物覚えがええなあ」

「そ、そんなことないですよ! あなたが付き合ってくれたからです!! 一人じゃ絶対に覚えられなかったです」


「ありがとうございました!!」と頭を下げると、「そない言われると俺も嬉しいわ」と彼は照れくさそうに頬を掻いた。


「ほんま、よう頑張ったな」


そう言って彼はまた優しく奏の頭を撫でる。


「なんだかくすぐったいです」


ふわりと奏が笑った瞬間、ぴたりと彼の撫でる手が止まった。


「ほ、ほな俺はそろそろお暇させていただくわ」


そそくさと立ち去ろうとする彼に奏は声を張り上げてお礼を言った。


「お付き合いありがとうございました!」

「おう! 暗唱テスト頑張れや!」


後のテストでは彼との暗記の甲斐あって完璧に暗唱し、勝呂・出雲と肩を並べたことは言うまでもない。

ただ一つ、


「そういえば、名前聞いてなかった!!」


と、悔やむのだった。

だが、二人の再会は実はそう遠くないものだったする。




※引用は作中に出たとおり『ルカの福音書 第一章 四十六節〜五十五節』です。



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