見つけました。


放課後。

彼――切原赤也が指定した時間は部活が終わる六時半。

有梨はラケットを取りに家に帰り、時間までそこらへんで肩慣らししてくると言い、一度学校を出た。

識もそのまま帰宅しようとしたが、また有梨が何か問題を起こしたとき止められるのは自分だけだと思い、帰ろうとはしなかった。

一人のほうが集中できると言って有梨が一人突っ走ってしまい、置いてけぼりを食らったというのが真相である。

最悪、迷子になってもこのご時世、携帯電話というものがあるので何とかなるかと見積もり、識は図書館で暇をつぶすことに。


「さすが立海。神奈川有数の学校だけあって蔵書量も桁違いね」


開放的な造りだが、本棚は映画のように天井まで伸びており、所狭しと本が並んでいる。

放課後ではあるが、人はあまりいない。

なにかピンとくるものがないかと適当に流し見していたところぴたりとその視線が止まった。


「あ、あれは! もしかして四季彩シリーズ!?」


彼女が見つけたのは少し古めの単行本。

今は改稿され文庫本が出回っているが、絶版状態の原本。

それは市場に出回ることは少なく、彼女も原本を探して何件も本屋、古本屋を梯子したがついぞその姿を見ることがなかった。

その原本が今、目の前にある。


「なんという巡り合わせ!!」


彼女の喜びと言ったらかつてない程で今日の嫌な出来事が吹っ飛んだ瞬間でもあった。

さっそく本に手を伸ばすが、


「……ちょ、ちょっ!」


女子では高身長で170近く、届くだろうと踏み台を使うことを横着したせいか、届きそうで届かない。

もうちょっと、もうちょっと、と必死に背伸びしていると、ふいに影が差した。


「この本でよろしかったですか?」


見上げれば眼鏡をかけた男子生徒が目当ての本をとった。


「どうぞ」


丁寧に本の向きを変えて識に差し出す。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」


優しい笑みを浮かべる男子生徒。

そして中学生とは思えない物腰の柔らかさ。

これが俗に言う紳士という奴かと頭の片隅で識はそんなことを思った。


「それにしても随分難しいものをお読みになるんですね」

「ああ、はい。――って、え?」


正直言ってこの本は中学生向けの本ではない。

カタカナの名前をあえて漢字で表記したり、仏・独語のルビ、外国文学や聖書などの引用など独特の言い回しが多い。

そのため好き嫌いが別れる本だ。

識も最初こそ特殊な文章に苦戦し、一時疎遠になっていた時期もあったが、気がつけば夢中になって読んでいた。


「『難しい』と知っているってことは、これを読んだことが?」

「ええ。好きなんですか?」

「え、あ、はい! それはもちろん!! 緻密に練り上げられたストーリーはもちろん、独特で繊細な表現。現代のようで帝国時代の如何にもな雰囲気を醸し出す舞台。登場人物に関しては全員が個性的で且つ誰ひとり物語には欠かせなくて、そして意味深な表紙は――」


と、ここまで一息で言い切ったが、全く知らない人に何を言っているんだと我に返った。


「す、すみません」


「つい白熱してしまいました」と謝る。

「いえ。気にしないでください」


小さく笑う彼に識は余計に己を恥じた。

なんとも気まずい空気に、「ありがとうございました」と去ろうとしたが、呼び止められた。


「あの、もしよろしければお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「はい?」

「あ、いや、深い意味はないのですが……。その本を借りられる方はほとんどいないので、是非よろしければ本について色々とお話してみたいなと思いまして」


少しバツが悪そうに視線を彷徨わせる。

一見、ただのナンパ文句に聞こえるが、彼の態度からして純粋に同じ趣味を共有したいのだろうと識は受け取った。

その本について誰かと語り合いたいと常々思っていた彼女にとって願ってもないことだった。


「是非! あ、二年の四条識です」

「これはご丁寧に。三年A組の柳生比呂士と申します」


二人してぺこりとお互い頭を下げる。


「まさか他にも読んでる方がいるとは思いませんでした」

「わたしもです。柳生さん、もお好きなんですね」


なんだかいい雰囲気になっていたところ、低くよく通る声が柳生の名前を呼んだ。


「すみません。これから部活なので……」

「いえ、こちらこそお引き止めしてしまってすみません。本、とってくださりありがとうございました」

「どういたしまして。また今度お話しましょう」

「はい。部活、頑張ってくださいね」


再度頭を下げてから柳生は去っていった

思いがけない出会いに識はこの先の学校生活に少し期待するのだった。

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