探られました。 「はあ……」 有梨は有梨で仁王に絡まれため息をついてる時、識は識でまたため息をついていた。 ○ ――遡ること数分前 昼休みになっても戻ってこない有梨を無視して一人で昼食を取ったいたところ、ふいに担任に呼ばれた。 #有梨がサボっていることがバレた? と、肝を冷やすが、転校時に提出した書類にちょっとした不備があったらしい。 保護者でなくとも問題ないものだったので、素早く昼食を済ませ、教室で訂正した後、その書類担当の教師に提出しに生徒会室に訪れた。 と、ここまではよかった。 「失礼します」と扉を開けたとき、 「ん?」 「あ、」 条件反射で中にいた人物と目があった。 「……」 「……」 何とも言えない間あった後、担当の教師がいないとわかると「失礼しました」と一歩も入らず、ぴしゃっと扉を閉めた。 「……あーっと」 ここじゃなかったら職員室だろうかと、背を向けたが、閉めたはずの扉から伸びてきた手に肩をがっちり掴まれる。 「ちょっと待て。今、あからさまに俺の顔を見て嫌な顔しただろう?」 「いやそんなことないです。初対面でそんな失礼なことしません」 軽めの営業スマイル。 「昨日テニスコートで会ったばかりだが?」 「すみません。人の顔覚えるの大の苦手なもので」 わずかにヒビが入るが、崩れはしない。 一言だけ言わせてもらうなら「初めて会った時から(苦手だと)ビビッときました」だ。 相手のことをよく知らないのに苦手だと決め付けるのは良くないことだと思うが、どうしても相容れない人はいるものである。 ところが自分がそう思っていても、相手はそうは思ってないようだ。 それどころか興味津々のよう。 「生徒会に何か用があって来たんじゃないのか?」 「ありましたが、肝心の先生がいらっしゃらないのようなのでまた時間を見て出直してきます」 「急ぎの書類なら少しでも早いほうが先生も助かると思うが」 「じゃあ前で待ってます」 と、口には自信があり、頑なに拒んだはずだったが、 「(あれえええええええええ……)」 気がつけば中でパイプ椅子に座っていた。 丁重にお断りしたはずなのにどうしてこうなったと自問する。 微妙な表情を浮かべているのを他所に、かの生徒は黙々と生徒会の書類を捌いている。 話しかけるわけでもなく、識という存在すら感じていないように見える。 「(わたし別にいなくてもいいんじゃない……?)」 邪魔にならないようにそっと出ていこうとすると、今まで無関心・無干渉だったくせに「先生はまだだぞ」と見向きもしないで言った。 体が跳ね上がったのは言うまでもない。 「……仕事の邪魔してはいけないと思ったので」 というと、彼はきょとんと識を見た。 「俺が『邪魔』だといつ言った?」 「……言ってませんね」 「なら出ていく必要はないはずだ」 そう言って彼はまた書類に目を落とす。 「屁理屈だ」と出ていこうと思えばできたが、暗にここで待ってろと言う無言の圧力を感じて元の場所に戻った。 昼休みの喧騒から隔離されたように、この部屋から聞こえるのは紙とペンが擦り切れる音と時計の針のみ。 「(うわあ……まだ15分もある……)」 こまめに時計を伺うが、その進みは妙に遅い。 時間つぶしに書類に見落としがないか何度か見直していると、ふうと吐息が聞こえてきた。 ちらりと視線を上げると、どうやら書類整理が終わったらしい。 そのまま出て行かないかなあ、と願ったが、凝り固まった肩を解しただけでその場から彼が動くことはなかった。 それどころか「そういえば、」と話しかけてくる始末。 「あいつは何者だ?」 『あいつ』の前に付く言葉がなくても彼が言わんとしていることは十分に分かる。 「……有梨のことですか? 何者、と言われても。具体的にどう答えれば?」 「あいつ、切原赤也は沸点は低いこそ、それでも実力は確かだ。あいつに勝てる異性などほとんどいないだろう。それだけの実力の持ち主だというのに過去の大会や記事を調べてもかすりもしない」 「ああ……。あの子、公式の大会には一切出たことないんで当然だと思います」 「出たことがない? 何故だ?」 「さあ。それは本人に聞いてみないことにはわかりませんね」 「……ふむ」 どこから出したのか、初めて会った時と同じようにノートに何か書き込んでいく。 「まだお前の名前を聞いてなかったな」 「その後輩から聞いてるんじゃないんですか?」 「少々物覚えの悪い後輩でな。対戦相手の方しか聞いていない」 彼の言葉に、「ああ、有梨と同類か」と、どうでもいいことを思った。 「四条です」 「下の名前は?」 「……識、です」 「俺は柳蓮二だ」 彼の口元がわずかに上がったように見えた。 なんだか取り調べを受けてるみたいで酷く居心地が悪い。 「……失礼ですが、柳さんは誰にでもそういう感じなんですか」 「と、言うとどういうことだ?」 「誰ふり構わずに相手を知ろうとするところです」 「まさか。誰にでもそういうわけではない。相手に興味を持った時だけだ」 「……そうですか」 有梨はいいとして、どうやら自分にも興味が出てきたようだと心の中でため息を吐く。 苦手なタイプに目を付けられたが、微妙な時期の転校生という看板だけで、先述した通り有梨のようにテニスが強いわけでもない。 学年も違うし、すぐに忘れられるだろう。 そう思うことでこの場を耐え抜こうとする識。 このあと彼が話かける前に来た先生のタイミングの良さにただただ感謝した。 「四条識か、要観察対象リストに入れていおこう」 と、呟く柳に識自身が思っている以上に興味を持たれていることを彼女は知る由もない。 back |