絡まれました。 非常に濃い初日が終わり、転校二日目。 今日は遅刻せずに余裕を持って登校してきたのだが、 「あア……アア……」 有梨はゾンビも素足で逃げ出すような声を上げていた。 昨日の試合の疲れで全身が悲鳴をあげている。 それなりに差を付けての勝利だったが、思ったより体への負担が大きかったようだ。 これを理由に有梨は休もうとしたが、識はそれを許さなかった。 「死ぬ死ぬ。これマジで成仏しちゃうって」 「ただの筋肉痛だから大丈夫よ」 机に突っ伏す有梨に識は非情に接する。 「お前はこの痛さがわからないからそんなこと言えんだよおおお……」と弱々しく口にする。。 「今日は一日中うるさくなりそうだなあ」と識が思っていたとき、急に有梨が立ち上がった。 「どうしたの?」 「宣誓。オレ、七森有梨は今日サボることを今ここに宣言します」 「は?」 「そういうわけでよろしく頼んだ」 あれほど筋肉痛でうだうだしていたくせに識が止める間もなく、有梨は瞬く間に教室から出て行った。 ぽかんとする識の意識を戻したのは前の席にカバンを置くあの人物。 「あ、昨日の……えっと、わかめ君だっけ?」 「ちげえよ! 誰がわかめだ!!」 「というか、前の席だったのね」 何と切原の席は識の二つ前、つまり切原、有梨、識と見事に並んでいた。 「偶然って怖い」と切原に聞こえないように漏らす識 「……あいつは?」 どうやら有梨は彼と顔を合わすのが嫌でサボリに逃避行したようだ。 同じ教室にいるのが耐えられなかったのかと識は推測する。 まあ無理もないことだ。 「具合悪いって保健室でも行ったんじゃない?」 「は?」という切原の言葉はSHを告げるチャイムにかき消された ○ 切原と顔を合わせることを無事回避した有梨は屋上に来ていた。 大抵屋上というのは施錠されており、立ち入ることはできないものだが、ここの学校は違うようだ。 屋上と校内を隔てる扉は重たい音を立てることなく、すんなり開いた。 「おお〜むしろちゃんと整備されてる」 何もないかと思えば、ベンチや花壇が整備されており、昼休みは生徒の憩いの場になりそうだと思う。 風は少し肌寒いぐらいだが、陽の光は強すぎず暖かい。 入口から死角になるベンチに寝転がった。 何もすることはない。 ただゆっくりと流れゆく雲を追うだけ。 何度目かのチャイムを聞き流したところでどこからともなく鼻歌が聞こえてきた。 しかも妙にノリノリだ。 「しゃ、シャボン玉?」 おまけにシャボン玉まで飛んでくる始末。 青空にちらつくそれらの元を辿っていくと、 「ピヨッ!?」 シャボン玉の発生源は銀髪の一人の男子生徒だった。 まさか自分以外の誰かがいるとは思っていなかったようでかなり驚いている。 「あ、あー自分、何も聞いてないんで……」 鼻歌を思い出して有梨の視線があからさまに泳ぐ。 誰かに聞かれてしまったということに気がついた彼は自分の犯した失態に口元が引き攣る。 「……というわけでこれにて失礼――」 「待ちんしゃい」 なんだか居た堪れなくなった有梨はこの場から去ろうとしたが、そうは問屋が卸さなかった 逃げようとする有梨の襟を掴む 「待ちんしゃい」 「あーあーあーただのサボりです。誰にも言わないんで離してください。というか離さないなら大声で誰か呼びますよ」 「見つかったら不味いのはお互い様じゃろ?」 「そのときは全力で仮病使って逃げます」 すると何が面白いのか彼は急に笑い出した。 「愉快なやつじゃ」 やばい、変なのに絡まれた。 サボるならもっと場所選べば良かったと有梨は心底後悔した。 きっと識が知ったらこの上なく嘲笑ってくるに違いない。 『因果応報だ。バチが当たったんだ』と。 ご丁寧にその表情まで浮かぶぐらいだ 「そういえばサボリにしては見ない顔じゃな」 「そりゃあ転校してきたばっかなんで」 「転校生? じゃあもしかして赤也が言うとったのはおまんのことか?」 「赤也?」 どこかで聞いたことあるような、ないような名前に首をかしげると、「わかめみたいな髪の毛のやつじゃ」と言われ、ぽんと手を叩いた。 「あーはいはい思い出した。昨日の奴ね」 「あの赤也を負かすなんてなかなかやるのう」 「ぶっちゃけギリギリでしたけどね」 確かに軍配は有梨に上がったが、その実、かなり苦しい勝利だった もしあの時、少しでも集中力が落ちていたら勝負はわからなかった 「それで? 何と言うんじゃ?」 「は?」 「名前じゃよ、名前」 「……知らない人に個人情報漏らすなって言われてるんで」 「三年B組仁王雅治。テニス部所属で誕生日は12月4日の射手座。身長は175cm――」 「あーもういいです。結構です。そんな情報いらないですから」 聞きたくないと言わんばかりに耳をふさぐ有梨 「今度はお前さんの番じゃよ?」 「七森」 「下の名前は?」 「……有梨」 「ほいじゃあ#有美#、サボリ仲間としてこれからよろしく頼むのう?」 手を差し出す仁王に有梨はサボリには屋上以外の場所を選ぼうと心に決めた。 back |