決着 「始まったな」 旧男子寮を見下ろす形で綴はつぶやいた。 まだ寒い曇り空の下、雪男と綴は旧男子寮より高い建物の屋上にいた。 「そうですね」 隣にいた雪男が静かに答える。 綴たちの視線の先には時代遅れの古いテレビが二つ。 既にテレビとして機能できないはずのそれが映すのは、屍を引き付ける燐と必死に詠唱する奏たちの姿だ。 綴たちは候補生認定試験の監視というのが任務だった。 「……奥村、眉間にシワが寄ってるぞ」 雪男の見つめる別の画面にはひとり廊下を走る彼の兄の姿。 無謀な兄の賭けにきっと内心穏やかじゃないはずだ。 何も返ってこない雪男に綴は小さくため息をつく。 あんな屍如きにやられるわけがないだろうと思うが、それでも心配するのは唯一の肉親故か。 兄から電話がかかってきた時の横顔はそれはもう下級程度の悪魔なら逃げ出すくらい恐ろしかった――現にあまりの気迫に魍魎が半径一メートル以内に入れないほど―― 「(まあ、人のこと言えた立場じゃないんだがな)」 斯く言う綴も奏から電話がかかってきた時は身が引き裂かれる思いだった。 呼び出し音に耐え切れず、己が衝動のままに携帯を地面に叩きつけてやろうかと思った。 まああくまで例えの話だが。 そんなことを思う一方で、味のあるセピア色の向こう側では勝呂を筆頭に対屍戦線が張られた。 おそらくこちらはしえみのバリケードがあるうちはこれである程度落ち着くだろう。 問題は燐の方だが、 「ネイガウス先生」 彼の声に画面を見てみれば、本来ならそこにいるはずのないネイガウスがいた。 「やはり現れたか……」 昨日といい、今といい、彼の行動は候補生認定試験の範囲を明らかに逸脱している。 屍の他にも何かを仕掛けてくるかと思いきや、それが殺されると彼はあっさりとその場を去った。 今度は雪男がため息をつく。 それが肉親が無事という安堵からくるものなのか、なんの抵抗もなく刀を抜き、象徴たる青い炎を見せる愚かさからくるものなのかはわからない。 それとほぼ同時に奏たちの祓魔は最終局面を迎えていた。 最終防衛ラインだったしえみのバリケードが解け、屍が襲い来る。 ○ 「んのやろォ!」 志摩が詠唱を続けている勝呂を狙う屍をキリクで対峙する。 「『氷晶に閉ざされし静かなる我が遠吠えに応えよ』、凍月!」 詠唱を終えた奏は魔法円、印章術でもらった簡易魔法陣を使い、自らの使い魔を召喚する。 が、 「……屍のような低俗な輩には興味などないわ」 召喚直後、凍月は屍を一瞥し、そう吐き捨てなんと何もしないまま消えてしまった。 「え、え、ええええええっ!?」 まさかの反応に結局奏はなにもできなかった。 ここにきてそれはないでしょ!? と心の中で叫び声をあげる。 一方、屍と応戦していた志摩は一瞬の隙を突かれ、キリクを弾き飛ばされた。 「まずい! 勝呂くんがッ!」 これでもう勝呂を守るものはなくなった。 せめてもう一度凍月を呼び出せれば──! と強い念と共に呼び出すために息を吸ったとき、 「……“稲荷神に恐み恐み白す”」 凛としたよく通る声が部屋に響いた。 詠唱中の勝呂を除く全員が声の主のほうをみた。 そこには先ほどとは明らかに何かが違う神木がそこにいた。 「か、神木さん……」 「“為す所の願いとして成就せずということなし!”」 神木の力強い詠唱に呼び出されたのはあの白狐二匹だった。 呼び出された白狐たちは「性懲りもなく──」や「身の程を知れと」云々説教をし始めるかが、 「あたしに従え!!」 女子高生とは思えない覇気に白狐たちは一気に黙った。 「行くわよ!」 新生神木部隊の反撃が始まった。 「“ふるえ、ゆらゆらとふるえ── 靈の祓”!!」 神木の渾身の祓いに屍が浄化される。 「ガアッアアアッ!!」 ジュワアアと腐敗した肉が溶ける音と腐敗臭がさらに広がる。 しかし、たかが塾生程度の祓いだけで倒せるはずもなく。 神木の祓いに苦しみながらも、詠唱の根源、勝呂に近づく。 あわや食いつかれそうになった瞬間、部屋の明かりがついた。 「ガッガアアア……アアアッ」 光に極端に耐性のない屍の動きがさっきよりもより鈍くなった。 これ以上ない絶好のチャンスに勝呂はすべてを賭ける。 「“その録すところの書を載するに──”」 屍も最後の一撃を放つとき、 「“耐えざらん!!!”」 力強い詠唱の締めの言葉に屍はパアンと弾け、あっと言う間に無に帰した。 << >> |