再撃



昨日の今日だが、奏たちに休んでいる暇などなく、いつも通り授業が行われていた。

しかし、神木はいつも通りとは遠くかけ離れているようだった。

この教室内で一、二を争う彼女が授業で当てられる度、尽く失敗を重ねているのだ。

仲の良かった朴がいないせいもあるが、奏はにそれだけではないように思えた。

そしてそれは教典暗唱術の時間に決定的なできごと起こる──


「では宿題に出した“詩篇の第三〇篇”を暗唱してもらうでごザーマス! 神木さんお願いするでごザーマス」

「はい!」


指名された神木はワンテンポ遅れて立ち上がると、言われた通り暗唱する。

いつものようにスラスラーーと、行くはずが、それは絶え絶えで、最終的には「忘れました」と小さな声で言った。

一瞬、ざわめく教室。

「それじゃあ、」と、代わりに勝呂が指名され、彼は一息おいてからスラスラと一度もつっかえることもなく暗唱してみせた。


「スゲー!!」


暗唱が終わるのと同時に燐が感嘆の声を上げ、しえみと一緒に拍手が送られる。


「すごいねえ勝呂くん! びっくりしちゃった」

「あたしでもあんなにスラスラ言えなかっただろうなあ。さすが勝呂君!」

「いやいや惚れたらあかんえ?」


べた褒めされて気分がいい勝呂に子猫丸がすっと突っ込む。

わいわいと京都組が各々主張するなか、神木は水を差すようにこう言った。


「暗記なんてただの付け焼刃じゃない」


ぴしりと空気が割れる音が聞こえた。

彼女の言葉は小さかったが、しっかり勝呂の耳にも届いていたようで低い声で聞き返される。

一般人ならその声だけで何も言えなくなりそうだったが、神木は物怖じすることなく、今度はわざと聞こえるような声で言った。


「学力と関係ないって言ったのよ」

「はあ? 四行も覚えられん奴に言われたないわ」


挑発したつもりが逆に挑発され、


「あたしは覚えられないんじゃない! 覚えないのよ!」


そしてついに両者の怒りが爆発した。

そこからの記憶はもう曖昧で気が付けば囀石の刑に処されていたというのが当事者以外の一致した意見だ。


「ひいい……」


奏の場合ただでさえ慣れていない正座で足が痺れるのにその上に囀石を置かれるとそれはもう地獄以外の何者でもない。

燐が「なんで俺らまで」とつぶやくと雪男は「連帯責任ってやつです」と最もな理由を述べた。


「この合宿の目的は“学力強化”ともう一つ、“塾生同士の交友を深める”っていうのもあるんですよ」

「こんな奴らと馴れ合いなんてゴメンよ……!」


こんな状況にも関わらず、神木は通常運転だ。

囀石などものともしない。

それに対して神木の隣にいる奏の顔は苦痛以外何もなかった。

反発する神木に雪男はぴしゃりとこう言った。


「馴れ合ってもらわなければ困る。祓魔師は一人では戦えない」


それからつらつらとパーティである重要性を話すが、足がお陀仏寸前の奏には馬の耳に念仏だ。


「奥村先生、そろそろ」


と、綴が耳打ちをすると、雪男は時刻を確認する。


「それじゃあ僕らは今から三時間ほど小さな任務で外します」

「え?」

「ですが、昨日の屍の件もあるので念のためこの寮全ての外に繋がる出入り口に施錠し、強力な魔除けを施しておきます」

「施錠って……俺ら外にどうやって出るんスか」


勝呂の質問に綴は表情を変えることなく答えた。


「出る必要はない」

「僕らが戻るまで三時間みんなで仲良く頭を冷やしてください」


にっこりとえげつないことを言う雪男。

ほとんどの顔が真っ青に染まる中、奏はダメもとで綴に視線を投げかけるが、ふいっと無慈悲にそらされてしまった。

それから二人が出て行ったあと、それぞれ愚痴を漏らし始め、勝呂が燐に向かって本当に兄弟なのか尋ねたりしている。


「し、しえみちゃん、あたしの骨は拾ってね……」

「奏ちゃんしっかりして!!」


限界突破しそうな奏は遺言をしえみに託す。


「つーか、誰かさんのせいでエラいめぇや」


しばらくすると矛先は今回の中心である神木に向いた。

案外勝呂と神木の沸点は低いようで、可哀想に燐を挟んでまた言い合いを始める。


「奏ちゃんほんま大丈夫なんかいや……」

「酷そうですね……」


志摩と子猫丸は実家が実家なのである程度耐久力があるが、奏はそうでもない。

首ががっくんがっくんと左右に揺れる彼女の口からは魂が半分出かかっている。

ああもうお陀仏だ、そう悟った直後のこと。

何の前触れもなく明かりが消え、あたり一面闇に染まった。


「ええっ!? ちょっ、何!?」

「あだっ! どこ」

「なんだ!?」


ごたごたと動き回る中、暗闇を裂いたのは志摩の携帯だった。

それを見てそれぞれ思い出したように自分の携帯を取り出す。


「あの先生電気まで消していきはったんか!?」

「いや、さすがにそれはないと思うけど……」


ただの停電かと思われたが、窓の外は変わらずに明かりがついている。


「停電はこの建物だけってことか……?」

「廊下出てみよ」


ゆっくりと立ち上がり様子を見に行こうとする志摩。


「無闇に出歩かない方がいいと思うよ志摩君……」

「大丈夫や。俺こういうハプニングわくわくする性質なんやよ。リアル肝試しーー」


扉を開けた向こうにいたものを見ると、志摩は静かにその扉を閉めた。

暗闇でもその暗さに慣れてしまったせいか、見えてしまった。


「なんやろ。目ェ悪なったんかな……」

「現実や現実!!!」


と、次の瞬間、ドアをぶち破って来たのは昨日襲ってきた同じ屍だった。


「昨日の屍……!」

「ええ!? ついさっき奥村先生から魔除けの結界が張ってあると言っていたはずなのに!?」


ほとんどの人が足がしびれて咄嗟に動けない。

どうしようと考えるより先に屍の一部が膨れ、そして弾けた。

主に扉に近かった人たちに屍の体液が降り注ぐ。

ここで一番最初に動いたのはなんとしえみだった


「ニーちゃん……! ウナウナくん出せる?」

「ウナウナくん?」

奏がそう思った矢先に、しえみの使い魔であるニーちゃんの体から木の根のような植物が生え、あっという間に屍と奏たちの間に大きなバリケードをつくった。


「お、おお、すごい……」


と、安心したのも束の間、しえみの体が少し左右に揺れる。


「え、あ! しえみちゃん!?」

「お、おい、しえみのやつどうしたんだ!?」


オロオロする奏と燐に神木さんが原因はさっき弾けた屍の体液が原因だと教える。


「そうか、確か屍の体液には発熱などの風邪に似た症状が見られたはず。つまり――」

「杜山さんの体力が尽きたらこの木のバリケードも消える。そうなったら最後や」


と、勝呂が奏が考えていたことをそっくりそのまま代弁した。


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