距離


翌日

誰よりも早く起きてしまったあたしはぼんやりとした頭をふらつかせながら、手洗い場に向かった

ふと脳裏に浮かぶのは綴の姿だった

祓魔塾で偶然再会したときもそうだったが、昨日の綴を見てはっきりとわかった

彼女はもう昔の彼女ではない

わかっていたつもりだったが、実際現実として突きつけられると心にくるものがある

あの時、屍を追った彼女の背中が酷く遠くに感じられた

あたしの前から消えたあの日からきっと彼女は変わってしまったのだろう

一体何が彼女をそうさせたかはわからないが、少なくともあたし自身に関わりがあるに違いない

自惚れてるということもあるけど、そんな気がきた

でも本人に問いただしたところではぐらかされるだけできっと本当のことは言ってくれないだろう

ならば彼女自ら話してくれるまであたしは待つしかない

燐や雪君しえみちゃん、勝呂君、志摩君、子猫さん、朴ちゃん、それに本人はきっと望んでないだろうけど神木さんも大切な人たちだ

だけどそれ以上にあたしは綴が……

ぱしゃりと春先にはまだ冷たい水で顔を洗い、眠気を振り払う

ふかふかのタオルで顔を吹いていると、「よう」と声をかけられた


「おはよー燐」

「はよー」


燐も起きたばかりなのかまだ瞼が半分ほど目を覆っている


「昨日は大変だったねー」

「そうだなー」

「怪我とか大丈夫?」

「ん? ああ、どうってことねえよ」


先ほどの自分と同じように顔を洗う燐

あたしは持ってきた歯ブラシに歯磨き粉をつけて丁寧に歯を磨く

そういえば、燐が覚醒してすぐにあたしは走り去ってしまったが、その場にあたしがいたことを覚えているのだろうか

今ままで通り隔たりもなく、接してくれているからおそらくは覚えてないんだろうなあ

でもまあ、そのおかげか、あたしもいつも通り接することができるわけなんだけど

それにしても本当に燐があのサタンの落胤なんだろうか

確かにこの目で青い炎を見たが、なんだか夢でも見ていたようにその記憶は曖昧で不確かだ

あたしの大切な家族を奪った忌々しい青い炎

燐が直接あたしの家族を奪ったわけではないのに、ふと嫌な気分になる

わかってるのに

わかっているのに

脳はちゃんと理解しているのに、どうにも心は受け入れてくれない

大切な友達のはずなのに

彼があたしの家族を殺したわけではないのに


「どうかしたか?」

「え?」

「何か俺のずっと見てたけど、俺の顔に何かついてるか?」

「う、ううん違うの。気にしないで」

「そうか?」

「うん」


にこっと笑みを浮かべれば燐も同じように笑った

用を終えたあたしはちょうど来た神木さんと入れ替わるようにその場を離れた。

それから一足早く教室に入るとそこには既に志摩君と三輪君が席に着いていた。

京都三人衆の元締めである勝呂君がいないことを聞くと、彼ら曰く、質問に行っているらしい


「よかったら一緒に宿題しまへん?」


二人に混ぜてもらって、宿題として出されていた教典の暗唱を確認し合うことになった

だけどそれも数分で志摩君が根を上げてこんなことを言い出した


「そういえば奏ちゃんと最條先生ってどういう関係なん?」

「ふあ?」

「なんや、えろう仲良さそうやったから」

「そりゃあ施設にいた頃からの友達だからね」


『しせつ』という三文字の言葉に三輪君と志摩君は目をぱちくりさせた


「あたし、小さい頃に両親亡くしてるんだ」


そう言うと、その場の空気が一気に冷却された


「す、すんません、変なこと言うて」


と、三輪君が頭を下げた


「な、なんで暗くなるの!? 確かに親がいないのは寂しかったけど、それなりに楽しい人生歩んでるから気にしないで!!」

「せやけど……」

「元々言いだしたのはあたしだから本当に気にしないでよ。というか志摩君に気使われるのって何か気持ちわるいし」

「え、ちょっ、さりげなく酷ない!?」


ぷっと吹き出す志摩君に続けて笑えば、少しだけ場の空気は和んだ


「まあ綴とは施設で仲良くなったの。でもまあ小学校に上がる前かな? それぐらいに突然綴は姿を消したの。捜索願も出したけど、結局行方不明で片付けられちゃった」

「でも最條先生は現にいますよね?」

「そこがわかんないんだよなー。会えたことは嬉しいんだけど、空白の数年間彼女が何をしてたかは全然聞かされてない。というか祓魔師になってるとか……」


自分で言っておいてなんだが、本当に一体何があったのか

昔から奏は目にははっきりとは見えないが、人ならざるものの存在を知っていた

当時、何度か施設の大人に泣きついたこともあったが、軽くあしらわれた態度からそれ以降誰かに話すことはなかった

対して綴はそういうのには全く感じることはできなかった

それだというのにいきなり祓魔師になって再会……


「奏ちゃん……?」

「あ、うん? どうかした?」

「なんや難しい顔してはったからどないしたんかと思うて」

「ちょっと考え事してただけ。それにしてもさ、綴はもちろんだけど奥村先生もすごいよね」

「ほんまや。同い年とは思えん。坊も相当やけど、世の中広いわあ。若先生はさらにその上、文字通り雲の上の存在や」


それから勝呂が戻ってくるまで三人は雑談を続けた


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