報告書


屍襲来のその夜

朴はしえみの活躍により一命をとりとめた

なんとか騒ぎを沈め、みなが寝静まったあとのことだ

雪男は今日の最後に行ったプリントの丸付けに追われていた


「……はあ」


くるりと赤いペンを回す

ため息の原因は最後につけたのは実の兄である燐のプリントであった

予想通り、いやある意味では予想以上に酷い点数を見てペンをこめかみを抑える雪男

それなりにわかりやすい授業を心がけていたつもりだが、点数を見る限りそうでもないようだ

改善点を考えながらプリントの束を揃えるのと同時に静かな部屋にノックが飛び込んできた


「奥村、私だ」


声の主に雪男はどうぞと許可を出した


「夜分遅くに悪い」


入ってきたのはもちろんほかならぬ綴だ


「それで、例の屍はどうでした?」

「結果を聞かずとも奥村のことならある程度予想が付いていると思うが」


綴はまあいい、とひと呼吸置いて言った


「例の屍はネイガウスのものだった」


雪男はやはりというべきか表情を変えずにいた


「そして彼の裏にあの詐欺師(ペテン師)がいる」


詐欺師、つまりあのメフィストがいると聞くとぴくんと雪男の眉が動いた


「元々今回の候補生認定試験にはネイガウスの協力が不可欠であり、合否の決定権は詐欺師が持っているのは、まあ、周知の事実なわけだが」


目玉を左右に動かして綴自身と雪男だけしかいないことを確認すると、聞こえるか聞こえないかギリギリの大きさでこう言った


「あの詐欺師はネイガウスを利用しておそらく、いや必ず奥村燐個人になにか仕掛けてくるだろう」

「……事実、今日仕掛けてきましたしね」


数時間前の出来事を思い出す

騒ぎが収束したあと雪男は燐から屍が『若君』やら『さるおかたのはからいによるもの』など意味深な言葉を残したと言っていた


「まあ、あくまで私の一見解にすぎないがな」

「いえ。ありがとうございます」


雪男は軽く頭を下げた


「……それにしてもこんな遅くまでご苦労だな」


綴は雪男が作業していた机の上にあった時計に目をやる

日をまたぐどころか、針はすでに二時半を指している

プリントの丸付けはもちろん、明日の授業の準備をしていたのだろう


「その言葉そのままあなたにお返ししますよ」

「私は詐欺師の茶会に無理やり付き合わされただけだ」


はあとため息をつく綴にそれはそれで疲れそうだと雪男は同情した

数回、雪男もメフィストの茶会に(職権濫用で)付き合わされたことがあるが、あれは言葉に表せないほど疲れた

それならまだ下級中級悪魔を相手に銃をぶっぱなしていた方がマシだと思い知らされた


「何はともあれ、奥村燐はもちろんネイガウスからも目を離さないほうがいい」

「はい」


それから綴は少し気まずそうに言った


「それで話は大きく変わって悪いんだが、奏、いや立花の成績はどんな感じだ?」


一応綴も塾講師となっているが、それは上辺だけの、雪男のおまけみたいなもので成績など深いところまでは彼女に届いていないのだ


「そうですね、なかなか優秀ですよ。先ほどのプリントも八割取れてますし」


雪男は綴に採点し終えたプリントを渡す

おそらく神木や勝呂に続いての三番目に点がいい


「うちの兄さんも見習って欲しいぐらいですよ」

「彼はいかにも『習うより慣れよ』派だからな」


綴の言葉を聞いて雪男は先ほどのため息よりもっと深いものを吐いた

ハハハッと綴が渇いた笑いを漏らした


「それじゃあそろそろ失礼する」

「はい。お疲れさまでした」

「奥村も今日はもう切り上げて寝ろよ。明日は忙しいだろうから」


そう言って綴は自分が寝泊まりする(奏といつも使っている部屋ではない)自室へ戻っていった

と、思いきや


「おっと、忘れるところだった」


すると机の端にあったまだ手をつけていない白紙の報告書をするりと抜き取った


「えっ、ちょっ、綴さん!?」

「今日の報告は私が処理しておくから奥村はもう寝ろ」


そのまま雪男がなにか言う前に「それじゃあ」と綴は笑顔でささっと扉の向こうに消えた

残された雪男はしばらく動くことができなかったが、彼女の気遣いに甘えることにして、今日はもう床につくことにした


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