召喚獣


魔法円、印章術


「これから悪魔を召喚する」


魔法円を描き終えたネイガウスが説明する


「図を踏むな。魔法円が破綻すると効果は無効になる。そして召喚には己の血と適切な呼びかけが必要だ」


ネイガウスは血が滲んだ包帯を解くと、数滴の血をたらし、


「テュポエウスとエキドナの息子よ、求めに応じ出でよ」


ネイガウスの言葉に呼応するように魔法円の周りに土煙が立ちこめ、一体の屍番犬が現れた


「悪魔を召喚し、使い魔にすることができる人間は非常に少ない。悪魔を飼いならす強靭な精神力もそうだが、天性の才能が不可欠だからだ」


屍番犬の登場により当たり一帯に硫黄の匂いが立ち込める

だが、奏はそんなことは気にせず、ただただ感心していた


「うわあ……すごい……」


自分に天性の才能があるかどうかはわからないが、最前線では役に立たないだろう自分はあんな風に自在に悪魔を召喚できたらいいなと思った


「今からお前たちにその才能があるかテストする。先ほど配ったこの魔法円の略図を施した髪に自分の血をたらして思いつく言葉を唱えてみろ」


最初に成果をあげたのは二つ結びの女子生徒だった


「『稲荷神に恐み恐み白す。為す所の願いとして成就せずということなし!!』」


言葉が終わるのと同時に白狐が二体、姿を現した


「うおお!! 何だあれスゲー」

「ほえー」


思わず燐も見とれるほどだった


「すごい出雲ちゃん。わたし全然ダメだ……」

「当然よ! あたしは巫女の血統なんだもの!」


彼女を筆頭に次々試してみるも、彼女以外は成果なし

今年はこのまま一人に終わるかと思ったが、ここで奏が


「……『氷晶に閉ざされし静かなる我が遠吠えに応えよ』」


ただなんとなく適当な言葉を連ねただけだった

瞬間、魔法陣が描かれたただの紙から吹雪にも似た冷たい突風が吹き出す


「ふ、ふわっつ!?」


徐々にその風は強さを増していき、ついには等身大の渦を作り出した

全員が両腕で顔を庇うが、一人、ネイガウスだけは平然としていた


『吾を呼ぶのは何処の人ぞ』

「え?」


咄嗟に聞こえた、というよりは脳に直接語りかけてきたのは、老人のような嗄れた声

徐々に風の勢いが衰えるのと同時にその中心に何かの影が見えてきた


「お、狼?」


そうつぶやいたのは奏ではなくしえみだった

吹雪の渦から現れたのは奏とほぼ同じ大きさの狼だった

灰色の毛並みは決していいとは言えず、どこかみすぼらしさが漂っている

しかしトパーズのように黄金に輝く瞳、見え隠れする白刃のような牙はその場にいる全員を脅かすには十分だった

ただひとり、ネイガウスを除いては


「吾を呼んだのは貴殿か?」


さっきと同じ声が聞こえた


「そ、そうですけど……」


どうやら声の主は目の前の狼のようだ


「……ふんっ。吾も見くびられたものだな。こんな小娘に呼び出されるなんて」

「こ、小娘って……」

「まあいい。呼び出されたからには応えよう」


それだけ言い残すと、狼はこれから主人になる奏の名前を聞くことなく煙のように消えてしまった

唖然とする空気の中、ぱちぱちと乾いた音がそれを裂く

全員が音のする方を見れば、音の主はあのネイガウスだった


「素晴らしいぞ。立花奏」

「は、はあ……」

「氷狼(ひょうろう)とはまた珍しい。年老いているとはいえ、あれを呼び出すには相当の力量が必要だ」

「ありがとうございます」

「さあ、神木、立花に次ぐのは誰だ?」


後に改めて召喚すると、氷狼のは名は『凍月(いづき)』ということがわかった


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