「はい、じゃあ今日の授業はこれでおしまい」


とこうしが言うと全員立ち上がり、「ありがとうございました」と頭を下げた

本日の授業はこれまでということでそのまま帰り支度を始める


「悪い志摩、子猫。俺、ちょっと質問いってくるさかい、先帰っとってくれ」

「おう、わかりました坊」

「相変わらずクソ真面目ですなあ。ほなお先に」


勝呂は教科書を片手に先に出た講師を追うように教室を出た

向かうは教務室

勉強熱心な勝呂としては疑問に思ったことは一つも残しておきたくなかった

二つ前の悪魔薬学についての質問だったが、あいにくその次は実習だったため、聞きに行くタイミングを掴み損ねた


「失礼します」


少し錆び付いた扉を開けると、なんと驚くことに中に人っ子一人いなかった

嘘やろ!? と目を丸くする勝呂の後ろから


「ちょっと、」

「んうわあっ!?」


いきなり声をかけられ、思わず情けない声が飛び出た

慌てて振り返れば、そこには自分よりはるかに小さい講師がいた

自分と同い年にして中一級祓魔師であり、詠唱騎士と医工騎士の二つの称号を持ち、尚且つ同じく中一級祓魔師であり悪魔薬学の講師奥村雪男の右腕とされる最條綴がそこにいた

「すまない。入るなら入る、入らないなら入らないでどちらにしてもらえないだろうか?」

「あ、すんません」


勝呂が扉の前からどくと綴はすすすっと部屋の中に入っていく

まったく気配というものを感じなかった

それが勝呂の正直な感想だった

気配を消しているにしても、真後ろに立たれても気づかないことなんてあるのだろうか

もんもんと悩んでいると


「それで君はなにか用があってここに?」

「そうなんですけど……あの、ほかの先生方はどうかされはったんですか?」

「ああ、わたし以外の先生方はいま会議中だ。急を要するそうだ。ちなみに終わる時間はわからない」

「さよですか」


困った

これでは質問に来た意味がない

できるだけその日の疑問はその日のうちに片付けてしまいたい


「なにか授業でわわからないことでも?」


そんな勝呂の心を見透かしたように綴は言った


「そうなんですが。最條先生は会議に参加されないんですか?」

「わたしは、まあ言わば下っ端の下っ端で奥村先生のおまけみたいなもの故、出る幕はない。最も出たくても出れないが」


そう言って綴は自嘲気味に笑った


「それで質問とは?」

「あ、いや、ええです。また日を改めますんで」

「そうか? なるべる疑問に思ったことはすぐに解決したほうが後々楽だがな」


この人は本当に人の心が読めるのではないかと疑った


「君さえよければわたしがその質問に答えるが?」

「ほんまですか? あ、でも先生の専攻は……」

「詠唱騎士だが、一通り君たちと同じことはやっているからだいたいは答えられる」

「なら悪魔薬学でも……?」

「もちろん。だが、奥村先生にはずっと劣るがな」


そうして綴はまた自嘲気味に笑った


「ほなら先生、先生でもええというのは失礼な言い方ですが、俺に教えてくれまへんか?」

「わたしが答えられる範囲でよければ」


勝呂はそれじゃあお願いしますと頭を下げた

それから2人は部屋の隅にある長テーブルを借り、勝呂は持ってきた教科書とノートを広げ、質問に入ること三十分


「はー、なるほどそういうことやったんやな」

「疑問は解けたか?」

「ありがとうございます。おかげで助かりましたわ」

「少しでもお役にたてたなら何より」


その時綴がこぼした笑みは先ほどの自嘲的なものではなく、自然とこぼれたものだった

先の奥村雪男にせよ、目の前の綴にせよ、どうもこのふたりが自分と同い年とは思えない

講師と生徒という立場的なものはもちろん、振る舞い方もとても年相応とは言えない

彼らと自分とでは何が違うのか

キャリアが違うと言われればそれまでだが、それ以上にこのふたりはもっと遠いところにいる気がしてならなかった


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