順応性が高い? 否、諦めが早いだけ

「だいぶ暗くなってきたなあ……」


日もその身を半分沈め、東の空は既に黒に染まり始めた頃

昼間とはまた違った顔を見せる夜の街を環は歩いていた

ふと意識を取り戻せば空の上で『今年マジで焦った出来事』ベスト3に入るぐらい焦ったが、そこは環の持ち前の冷静さと能力を駆使し、なんとか助かった

地面に降り立つと、何から何まで違う世界を不審に思い、人の良さそうな人を見つけては色々と話を聞いた

そこで得た情報を簡単にまとめると、ここは江戸でつい最近開国し、天人という宇宙人が行き来するようになったらしい


「異世界にぼっちとかどこのフィクションだよ……」


本日何回目かのため息をつく

そんな環は今、ある場所を目指して歩いていた

真選組だ

迷子だと人のいい通行人に告げると、真選組にいけばなんとかなるんじゃないのか? と言われたからだ

とりあえずそこに行って運良ければ保護してくれるかもしれないという淡い希望を抱いて

すれ違う人は光り輝くネオンとは対照的にどこか影を落としている


「東京の歌舞伎町みたいな感じ」


派手な大通りを抜ければ、あたりを照らす光は激減

いつの間にか歩行者も環だけになってしまった

申し訳程度の街灯と不気味なほどの丸い月光だけが道と環を照らす


「いかにもって感じだわー。これ絶対なにか出るわー」


手書きの地図はこの先、裏路地を抜けたところを指していた


「どうせならもっと人通りの多い道にして欲しかったなあ」


だが、書いてもらっただけでもありがたいというものだ

「よし」と腹をくくって第一歩を踏み出した

一刻も早く真選組へ着きたいと思う心が足を早める

雲が月光を隠し、さらに深い道へ入るとその気持ちは加速する

瞬間、耳障りな悲鳴と共に水音が響いた

そして何かが倒れる音に足がぴたりと止まった


「だ、誰かあ!」


目の前の曲がり角から男が現れ、たまたま通りかかった環に助けを求める

が、しかしそれは叶うことはなかった

助けを求める声は口から出る前に首がずれ、落ちた

切り口からは一瞬、スプリンクラーのように血が吹き出た

ぴちゃぴちゃと間近にいた環の頬にもかかる

事切れた体はゆっくりと倒れ、自身が撒き散らした血の海へ沈んだ


「……」


表情筋一つ動かすことなく環は静かに手のひらで血を拭った

なんて何てことはないというように見えるが、


「(ぎゃあああああああああああああ首取れたあああああああああああ!?)」


声には出さないが、心の中でめいっぱい叫んでいた


「(あかんあかん! これ絶対あかんやつやアアアアアアア! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!)」


冷静に見えて相当取り乱していた←

と、同時に本能的に何か面倒なことに巻き込まれたと感じた


「まさか見られていたとは……」


また誰か角から来たようだ

そしてふと我に返る

目の前の首なしの首を撥ねた誰かがいるのは明白で、どう弁解してもそいつは危険人物だ

要は取り乱しすぎて逃げ遅れたのだ

月が隠れているせいでぼんやりとしか見えないが、サングラスとヘッドホンが特徴的だ

そして後ろに何か担いでいるように見える


「これを見ても声ひとつ上げず驚かないとは」

「めっちゃ驚いてますよ。というか驚かないほうがオカシイですって」


表情どころか声を上げなかったせいかそう思われたようだ

だが、本人は普通に吃驚しましたし、心底ビビりました(笑)


「突然目の前で首が切り落とされてもか?」

「……ええ、まあ」


心の中で瞬速でジュゲムを唱え、落ち着かせる

……恐らくこの男がさっきの男を殺したのだろう

一撃で仕留めたあたり相当のやり手だということがいやでもわかる

環は本音を言えば逃げたいが、相手に背を向けた瞬間、彼女の命はないだろう


「相当肝が据わっているとみる」

「さあ、どうでしょうね」


心持ち、視線を泳がす(本当にやったら速攻殺されそうだからねby環


「ほう、おもしろい」


男が消えたと思った瞬間、眼前に刀


甲高い金属同士がぶつかる音が聞こえた


「おぬし、何者だ?」

「えーっと……通りすがりのか弱い乙女(笑)です」


反射的に隠し持っていたナイフでそれを受け止めた

ぐっとナイフに力をいれ、相手を突き放し、距離をとった

ナイフを握っている手を軽く縦に振り、痺れを取る


「……珍しい。ここまで何も聞こえないとは」


男はじっと環を見つめながらそうつぶやいた


「ん? 聞こえる? 何が?」


男の呟きに環も耳を傾けるが、特に何も聞こえなかった


「こちらの話だ。ところでおぬし、名はなんという?」

「そういうのは自分から名乗るのが礼儀じゃ?」

「ふむ。それもそうだな。河上万斉と申す」

「……久遠寺環(あ、普通に答えちゃうのね)」


本当は名乗りたくなどなかったが、相手が普通に名乗った以上、それに応えなければならない

万斉は確かめるように環の名前をつぶやいた


「誰かに見られるとは、拙者も腕が落ちたでござるな」

「あーあーそりゃ残念でしたねー」

「いや、実はそれほどでもなくてな。残念どころかむしろ嬉しいぞ」


『嬉しい』という言葉に環は眉をひそめる

さっきよりすごく嫌な予感を感じた


「――それは久しぶりに骨のあるものと剣を交えることだ!」


刀を構え直し、万斉は再び彼女に刀を振るう


「うおっ(ちょっこっちくんなあああああああああ!!)」


環めがけて走ってくる万斉に拒絶の意味も込めて左右に二本ずつ、計四本のナイフを投げた


「ふっ」


鼻で軽く笑いながら華麗にナイフを避ける

がら空きの環に刀を振り上げたとき、彼女が小さく笑った

彼女の異変に気がついた万斉が背後に何か気配


「なっ!?」


先ほど確かに避けたはずのナイフが背中に刃を向けて再び万斉を襲う

ギリギリのところでそれに気づいた彼は頬と左袖、右脇腹を掠る程度ですんだ

切りつけたナイフはそのまま環の手元に戻った

あたりを注意しながら万斉は環と距離をとる


「不思議な術を使うのだな。おぬし、ただの通行人ではあるまい。天人か?」

「えー。一風変わったただの一般人です(あれに気づいて掠る程度ですむとか何者だよこいつ!? 変態ですかガチの変態ですかええ!」

「それに本気ではないな?」

「その言葉、そっくりそのままあなたに返しますよ(遊ばれるのって嫌いなんだよねー。まあ本気出されたら瞬殺されるだろうけど……)」

「クククッますます面白い」


不気味な笑い声とともに先ほどとは比べ物にならないスピードで襲ってくる

さすがのスピードに今度は投げる暇もなくナイフで直に受け止めた

金属の甲高い音が響く

環はまた押し返そうとするが、そこは男と女

力の差は歴然だ


「っ!(へるぷへるぷへるぷ! さすがにこれはマジでやばい!! 死んじゃうマジで死んじゃう!! 体真っ二つううううううううううう)」


その時初めて環に表情が浮かんだ

ガタガタとナイフを握る手が震える

このままでは確実にやられる

すると二人の視界の端に人工的な光が映った


「そこに誰かいるのか!?」


その声に過剰に反応したのは万斉

意識がそちらに向き、押していた力が一瞬弱まる

もちろんこの機会を環が逃す訳もなく、そのまま万斉の腹にとびっきりの蹴りをお見舞いした

がしゃん! と後ろにあったゴミ箱に激突


「っ!」


その音に遠かった光が近づいてくる

光は一つから三つに増えていた


「ちっ。真選組か」

「え!?」


今度は環が反応する番だ


「え、マジで真選組!?」

「この勝負、お預けだな」


すると万斉はあっさり刀をしまうと何事もなかったように立ち上がり、土埃を払う


「邪魔が入っては仕方あるまい」

「えっ、ちょっ」

「本当はもっとじっくりおぬしとは話したかったが、まあいい。それはまた今度にしよう」


「また会おう」とだけ言い残すと、忘れられていた男の死体を乗り越えて万斉は闇に消えた

ぽつんと残された環は見回りに来ていた真選組に(状況が状況なので)事情聴取も兼ねて身柄を確保された


jubiloso
ユビローソ:歓喜、喜び




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