忠告 一方その頃の有梨はというとテニスコートに向かっていた しかもご機嫌なのか鼻歌を歌いながらである すると幸村が血相を変えながらこちらに走ってきた 「お、部長じゃないっすか」 「あ、有梨! ちょうどいいところに!」 「どうかしたんすかー?」 「識は? 識はどうしたんだい?」 「あいつなら今頃告白されているんじゃないっすか?」 「告白?」 「何か朝ロッカーに手紙が入ってたんすよ。たぶんそういうやつじゃないかと」 「実はこれたまたま教室で拾ったんだけど」 「なんすかこれ?」 幸村からある紙切れを受け取る そこには所狭しと識への罵詈雑言の数々が書かれていた 「先輩これどういうことっすか?」 有梨の声音が一気に低くなる 「じゃあもしかして識の告白って」 「たぶんファンクラブの人に呼び出されたんだと思う」 幸村にそう言われるやいなや走り出す あの馬鹿、まさか一人で片付けようなんて考えてるんじゃ ちくしょうバーカ! ところ戻って識のほう なるべく相手を刺激しないように気をつけていた識だったが、美奈子の後ろにいた女子が行動に出た なんと識に向かって落ちていた石を投げたのだ 放たれた石は放物線を描いて#香織#の頭にぶつかった 「っ!」 たらりと血が流れる 「なんてことするのですか!」 「だってコイツがテニス部を誑かしていると考えると!」 「穏便に済ませるはずでしょう!?」 美奈子と女子の間でいざこざが発生する 一方で識は当たった場所に手を添える ぬるりと指先が血に染まった 「あーあもう面倒くさいなあ」 そう言うとスカートのポッケからあるものを取り出す 「そっちがその気なら別にわたしはいいんですけど」 ゆっくりと美奈子たちの方へ歩いてくる その手にはカッターが握られている カチカチと音を立てて刃を出す 「手を出したってことはやられること覚悟の上ですよね?」 笑う彼女の笑みはとてもゆがんでいた 思わず後ずさる美奈子たち その顔は恐怖一色だ 危ないと思われた時だった 「四条!」 幸村の声に我に返る識 美奈子たちの後ろ、遠くの方に幸村と有梨が見えた 有梨の姿を確認すると握っていたカッターを素早くしまった そして 「これは忠告です。わたしに手を出すのはいいですけど、あの子に、有梨に手を出すんならそれ相応の覚悟が必要ですから」 固まった美奈子たちの耳元でそう告げると有梨たちのもとへ走っていった 「なんで言わなかった」 「何のこと?」 「ふざけんなよっ!」 「別にふざけてなんかないよ」 「バーカ! 一人で突っ込むんじゃねえよ!」 「だって有梨こういうの面倒臭がるでしょ?」 「そりゃそうだけど、俺に一言ぐらい言えよ」 しゅんとなる有梨の頭を識はぐしゃぐしゃにした 「何すんだよ」 「いいじゃん。結局何も無かったんだから」 「こっちはヒヤヒヤしたけどね」 と、幸村が間に割り込んできた 「ごめん。俺たちが無理言ったから」 「そんな頭下げないでください。幸村さんたちのせいじゃありませんから」 「でも……」 「はいはいわたしが無事だったってことでもうこの話はおしまい!」 そう言って無理やり話題をそらす 「もういいじゃないですか。過去のことですし」 「じゃあ今度何かあったら真っ先に俺に相談しろよ?」 「覚えてたらね」 「元はと言えば俺たちのせいでもあるから、こっちにも話してね?」 「はいはいわかりましたよ」 まあもう二度とこないだろうけどと一人ごちた なぜ彼女がカッターを常備してたかは秘密である |