▼ 君の名前を呼ぶ権利
※キャラはほぼフィーリング(書き手の直感)で書いてます
そのことに気がついたのは部活前にあるミーティングの最中だった。
「それじゃあ名前、確認を頼む」
マネージャーの彼女に今日のメニューを確認をしてもらおうとする。
「いつも通り走り込み、ストレッチが終わりましたら三軍以下と新入生はγメニューを3セット、二軍は――」
淡々と説明する彼女だが、僕はそれを素通しで衝撃を受けた。
一見ごく有りふれたやりとり――現に今、異変に気がついているのは僕だけで他は黙って彼女の言うことに耳を傾けている――のように思える。
メニューの内容が違うわけではない。
問題はその前にあるはずだった言葉だ。
『名前で呼ばないで』
僕が『名前』と名前で呼ぶたびに顔をしかめながら律儀にそう返す
彼女は名前で呼ばれることを酷く嫌っている。
それも僕限定で。
基本、部活で彼女を名前で呼ぶのはレオ、小太郎だが、この二人が『名前ちゃん』『名前』と呼んでも嫌な顔せずに普通に応える。
それで以前名前に『何故僕だけなんだ?』と問うと、彼女はこう答えた。
『あなたに名前で呼ばれるの嫌なんだよね。あなたが嫌いだから』
全く臆することなく彼女はピシャリと言い切った。
加えて言うには、
『せめてもの抵抗ってところかな』
とのこと。
そのとき、その場にいた誰もが――肝が据わっている他のレギュラーでさえ――顔を真っ青にして肝を冷やしたらしい。
女バスのマネージャーから男バスのマネージャーに引き抜かれた時から嫌われてるとは自覚していたが、面と向かって言われたのは初めてだった。
だが、彼女は僕のことを嫌いというが、それはあくまで僕という一個人の問題でバスケなどの実力はしっかり認めている。
それはメニュー・記録、どれひとつ、どんな小さなところでも決して手を抜くことはしないところから覗える。
まあ、そんなところが魅力的なわけだが(千尋曰く、彼女のような性格をツンデレというらしい)
閑話休題。
そんな彼女が何を言ってこない。
これは一体どういうことだ? ただの言い忘れか? と考えたとき「そういえば、」と頭の中に電流が走った。
朝練で挨拶したとき。
移動教室ですれ違ったとき。
小太郎たちと昼食をとっていたとき。
そしてミーティング前の打ち合わせの時も彼女は一度も言い返すことはなかった。
ああ! なんということだ!!
このぼくが今の今まで気がつかなかったなんて!!
共学の事実に気づけなかったことに悔しさを覚えるも次の瞬間には歓喜の感情が芽生えた。
これなら堂々と彼女の名前を呼べる!!
○
部活が始まると、必要以上に彼女を呼んだ。
「名前、ドリンクをくれ」
「はい」
○
「名前、タオルとってくれないか?」
「どうぞ」
○
「名前、今日の小太郎のシュート率なんだが」
「ここ最近、少しずつだけど右肩下がり。去年のデータが確かなら葉山先輩はこの時期はいつも調子が悪いみたい」
○
「名前」
「何?」
○
名前、名前――
○
練習が終わり、更衣室。
「ねえ、征ちゃん」
「なんだい、レオ」
「名前ちゃんと何かあったの?」
レオが怪訝な表情を浮かべながら聞いてきた。
「ということはレオも気がついたのかい?」
「そりゃあ、あれだけ聞いていればいやでもわかるわよ〜」
苦笑するレオに「なになに!? 名前と赤司がどうかしたの!?」と小太郎がじゃれついてきた。
「赤司が苗字を名前で呼んでも何も言わないことだろ?」
小太郎の疑問に答えたのは意外にも千尋だった。
興味はないと言うようにお気に入りのライトノベルを開いているが、そのページはさっきから全く進んでいない。
帰り支度も既に済んでいる。
なんだかんだ気になるのだろう。
「そういえば、今日はやけに苗字のやつ静かだったな」
と、永吉がシャツのボタンに苦戦しながら言った。
「え!? そうだったの!? 俺全然気付かなかった!!」
「永吉ですら気付いてたのにね」
「オイ、レオ。お前さりげなく俺のこと貶しただろ?」
三人がやいのやいの言い合っているのを無視して千尋が問う。
「それで本当になにがあった? 昨日まで毎日あれだけ訂正の言葉をしていたのに」
「何もなかったよ」
「心当たりはないのか?」
心当たりもないし、逆にこちらが知りたいぐらいだ。
「もしかして新手の嫌がらせだったりしてな〜」
いやそれはないだろう。
嫌がらせにしては僕に全く被害はないし、むしろ彼女のほうがダメージを受ける。
それに彼女はこんな回りくどいことはせず、真っ向から仕掛けてくる。
というと、
「じゃあどういう変化なのかしらね……」
全員が腕を組んで考えていると、ノックとともに僕らを悩ませてる張本人の声が飛び込んできた。
「もうすぐ下校時間です。戸締りしたいのでなるべく早くお願いします」
「はーい。ごめんね〜今出るわ」
バッグを引き下げながらぞろぞろと更衣室を出る。
その時彼女と目があった。
だが、その目はいつもと変わらないものだった。
「……何か顔についてる?」
「いや別に何もついてないよ」
「そう」と短く返事をして鍵を閉めた。
「そういえば今日はやけに大人しかったな」
「なんのこと?」
「名前さ。いくら読んでも君は何も言わなかったじゃないか」
「そうだった?」
「とぼける気かい?」
「思い当たることがないのにどうしてとぼける必要がある?」
どうやら彼女は知らないと決め込むらしい。
苛立ちに少し目を細めて威嚇してみるも目星い成果は得られなかった。
「赤司ーなにやってんのー? 早く行こうよ!」
遠くから先に行った小太郎の声が聞こえた。
「ほら葉山先輩が呼んでるよ」
「まだ残ってるところあるから」と、立ち去ろうとする名前の腕を掴んだ
「……まだ何か?」
「君がそのつもりならそれでいい」
「先輩たち待ってるよ」
「悔しいが、今日のところは僕が引こうじゃないか」
「あと3分で下校時間なんだけど」
「だけど僕は絶対諦めないし、そのつもりもない」
「早く離してくれる?」
「引き止めて悪かったね。それじゃあまた明日」
○
結局理由聞き出せず、次の日にはいつも通り「苗字で呼んで」と訂正を求めてきた。
だが、後にレオから興味深い話を聞いた。
「そういえばこの間、名前ちゃんにこんなことを相談されたの。『今度知人の誕生日なんですけど、プレゼントは何がいいと思いますか?』って。それでアタシ、『そうねえ……。誕生日ならきっと色々な人からたくさんもらうだろうから、あえて形が残らないものがいいんじゃないかしら?』って答えたんだけど、どうなったのかしら……」
君の名前を呼ぶ権利
というわけでなんとなくネタが思いついたので書いてみたらA5サイズのルーズリーフ二枚分(一枚を二分割)。
本当は一枚で終わらせるはずだったんですけどね。
予想外というなら最後なんかギスギスしてしまったことです。
それで慌てて最後付け加えました(笑)
一応誕生日ネタです。
実はある細かい主人公の設定はこちら→☆
捏造だらけでごめんなさいね!
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