以前、彼女にこんなことを言われたことがある


「もうすぐ僕(やつがれ)は僕でなくなるだろう」


蒼天の元、パンドラにある彼女の一室のベランダで細やかなティータイムをしていた時だった

突拍子もなく言い放った彼女の言葉を私はすぐに理解することができなかった

ゆっくりと単語を一つ一つ丁寧に噛み砕いては飲み込んでいく

まるで彼女の能力にあったかのように動きを止める私に対し、彼女は平然と珈琲を口に運ぶ


「またまたー何の冗談デスカー?」


ケタケタと相棒のエミリーとともに笑い飛ばした


「おや、この期に及んで僕が冗談を嗜むとでも思うたか?」


彼女は相変わらず表情一つ崩さないまま、カチャリとカップをソーサーに置いた


「僕の素性についてはある程度知っているであろう」

「ええ。パンドラ発足時、最初の正規契約成功者にして時を操るチェインを持つパンドラのジョーカー的存在」

「むう、まあぎりぎり合格点というところか」

「アリガトーゴザイマス」


トレイから新しいケーキを取り出し、小さく切って一口


「いくら正規とはいえ、ある程度契約にはそれ相応の対価が必要ということもわかっているな?」

「だいたいは私やシャロンお嬢様のように成長が止まるというものが一般的ですネ」

「だが、当時は正規契約が成功したとはいえ、その契約は完璧というものではなかった」

「つまり成長が止まるだけでなく、他にも代償があったわけデスカ」

「そのとおり」

「で、その代償と先ほどの言葉とどういう関係があるんデスカ?」


どこか勿体ぶろうとする彼女の手には乗らないように意識をケーキに向ける

ベリー系の酸味の効いたソースと甘いクリームが絶妙に絡み合う


「簡単な話だ。契約の代償に僕の記憶は不定期に消える」


ぴしりと空気が割れる音が聞こえたような気がした


「ふむ。正確に言うならば僕のチェインに記憶を喰われると言ったほうがよいか」

「そんなっ……!」


それはつまり今こうして二人きりでお茶をしていることすら消えてしまうということか


「言ったであろう? 正規とはいえ、完璧ではない。まあ今も完璧ではないがな」

「……先ほど不定期と言ってましたが、わかるんデスカ?」


できるだけ動揺を悟られないように落ち着いた声で聞く


「さすがに100年近く同じことを繰り返していれば、期間の長短はあれど、嫌でもわかる

ものだ」


朝、目を覚ましたらふと消えているのだ

僕と関係が薄かったものから順に消えていく

そして最後には何もかも忘却の彼方へ消えてしまうのだと彼女は言う


「何かにメモ……日記をつけて忘れないしては?」

「残念だが、それすらチェインの餌食になる」


書物に残すことすら許されないのか


「幸い、僕自身についての記憶は喰われないのでな」

「そう、デスカ……」


なんとも形容しがたい気持ちが心に流れ込んでいく

自分でも顔が苦痛に歪むのがわかった


「だが、最初よりはまだマシなほうじゃ」


やっぱり声音を変えずに彼女は続ける


「初期の方はな、僕の記憶ではなく、逆に僕と関わった者の僕との記憶が喰われていたからのう」


そう彼女は眉一つ動かさず淡々と言ってみせた


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