梅雨前線


朝から雨が降っていた。
湿度が高く、着ているカッターシャツがべとべと張り付いてうっとおしい。


そんな日に限っていつもは決してしない忘れ物して、買ったばかりのピアスを水溜まりに落として。奥村はやけにつっかかってくるし、志摩は阿呆やし。

蒸し暑さも手伝ってイライラが溜まっていくのが分かる。





「ふざけんなっこの、トサカ!!」
バーカ!と大声で叫ばれて、ついに我慢の限界だ。


「あぁ!?だいたい今朝からなんやねんゴチャゴチャ言いよってからに!」
俺はただ、奥村の声に違和感があったから声をかけただけだったのに。


「わかんねえよ!あーもう俺帰る!!」

「おまえはガキか!意味わからんのはこっちやわ、勝手に帰れ帰れ」

「…っ!じゃあな!!」

思い切りドアに八つ当たりしながら出て行く奥村にイライラする。




しかし、本当に今日の奥村はおかしかったのだ。
どことなく顔が赤かったし元気もなかった気がする。それに声の違和感。
ここまで考えてやっと気がついた。これはもしかしなくても風邪の症状じゃないのか。

窓から見えるのは不気味だと感じるほどの暗闇に、静かに降る大雨。
そういえば、奥村は傘を持っていたのか。すごく、心配だ。あいつのことだから雨に濡れるのなんて気にしないだろう。


じっとりと纏わりつく空気、雨の染み込んだ鞄、うねる髪、チカチカと点滅する蛍光灯。気に入らなかった全てが頭から消える。


勝呂は慌てて追いかけようと勢いよくドアを開け一歩を踏み出すと、なにやらむにゅっとしたものを靴底で感じ、それと同時に「ぎゃあっ」という悲鳴が自分の左下から発せられるのを聞いた。

あまりにも予想外の出来事に若干ひるんだが、奥村がしゃがみ込んでいるのだとわかった。



「…おまえ、帰ったんやなかったんか?」
「………」

「おい、奥村」

「寂しいだろ」

ほんのちょっとの距離でも、隣にいないのは寂しい。奥村は確かにそう言った。かすれた声で、聞こえるか聞こえないかの大きさで。
不機嫌なんて、完全にどこかへ飛んでいってしまった。
しゃがみ込む奥村をそのまま抱きしめ、おでこどうしをくっつける。

奥村はヘラヘラ笑っているが、明らかに熱があるようだ。
おでこをはなし、ぺちんと叩いてやる。

俺かていつも隣におりたいと思てるんやと言うと、熱のせいか少し潤んだ瞳をぱちぱちさせ、またふにゃりと笑って言った。

「俺、今日なんか変なんだよ」

「阿呆、そら熱出てんねん。当たり前や。」

「はあ?熱ってなんだよ」

「すまんな、熱も知らんくらい阿呆やとは思ってなかったわ」


「いや、俺今まで風邪すら引いたことなかったから」

「…おまえそれ本気で言うてんのか?」

「あぁ、大真面目!」


元気にも程があるだろうと呆れてしまう。しばらく黙っていると、奥村が不安げな顔をして言った。
「風邪引くのなんて初めてだからさ、なんか恐かったんだよ。」

それに気付かれたくなかったからいつも以上に騒いでいたらしい。
もっと早くに気づいてやれていれば、と後悔する。奥村を立ち上がらせ、とりあえず帰ろうと促した。

案の定、傘を持っていなかった奥村を自分の傘に入れてやり、歩き出す。


大粒の雨が落ちてきて、傘にはじかれ音になる。雨は嫌いだがその音は嫌いじゃない。

雨のせいで服は張り付いて、髪はくずれ、はみ出た肩はずぶ濡れ。でも、繋がる左手のあたたかさに全てを許してしまえた。













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