僕が立花なまえちゃんを初めて見たのは、編入して間もない日のことだった。田村三木ヱ門君や滝夜叉丸君に学園を案内してもらっているときに見かけて、凄く髪の綺麗な子だなぁと思った。
二度目はくノ一教室の子達に髪結いを頼まれたとき。その時は確か僕がくノ一教室で迷っちゃって忍たま長屋まで送ってもらいつつ、髪を結わせて貰う約束をした。
「本当に手入れが行き届いてて綺麗な髪だねぇ」
「そうですか?私より他の子達の方が綺麗ですよ」
「きっとなまえちゃんの髪は質がいいんだろうねえ。髪結い冥利に尽きるよ」
ありがとうございますと、はにかんで笑うなまえちゃんを見て既視感を覚えた。
あれ、誰かに似てる…?
「そういえば、なまえちゃんは普段、下の方で結っているけど皆みたいに上で結わないの?」
「こっちの方が慣れてるんです」
「そーなんだぁ」
目を伏せる彼女をみて、他に理由があるんだろうななんて察しちゃったもんだから僕もそこで口を閉じた。
でもどうしても髪を上げてみたくて、僕は一つ簪を取り出した。
「……はい、出来たよ」
「ありがとうございます……これ、素敵な簪ですね」
渡した手鏡で嬉しそうに髪形を確認するなまえちゃんは、やっぱり雰囲気が同年代の子達と違う。はしゃいだりしないし、何より落ち着きがある。別にそれが悪いだとかは言わないけれど、大人っぽいなあと思った。
「タカ丸さん、この後ご予定とかありますか?」
「ううん、ないよ」
「せっかくなんで、町までいきませんか?お礼に甘味でもご馳走します」
「お礼だなんてそんな…元々僕が頼んだことだし」
「いえ、こんなに素敵な髪形にしてもらったんです。お礼させて下さい」
じゃあ、仕度して校門前で待ち合わせしましょう。そう告げると、なまえちゃんは部屋へ戻って行った。
なんというか、こう、相手に言葉を返させないところとか上手いなあ。そこはやっぱりくノ一の成せる技なのかな、なんて考えつつ、僕も足早に長屋へ戻った。
早速町に降り、彼女オススメの甘味処に入った。そこのお団子は本当に美味しくて、つい欲張って二皿も食べてしまった。その事もあり自分で払うと言ったのだけれど、どうしてもなまえちゃんは引き下がってくれなかった。しょうがないのでお言葉に甘える事にして、僕は皆へのお土産を購入した。平君たち喜んでくれるかな
「ん?斎藤タカ丸に……なまえ…?」
どこか聞き覚えのある声に足を止めれば、見知らぬ綺麗な女の人がこれでもかというぐらい目を見開いてこちらを凝視していた。
傍には何故だか潮江君がいる。
「潮江先輩……と、兄さん…」
「えっ、お兄さん!?」
「珍しいですね。どうしたんですか今日は?」
「ああ…、実習中でな。お前らはどうしたんだ?」
「実はタカ丸さんに…「ちょ、ちょっと待って!」
どんどんと話を進めていく二人の間を割って入る。
いや、だって僕一人だけ状況がわからない!
「なまえちゃん、お兄さんって…潮江君の事じゃないよねぇ!!?」
「はい」
「じ、じゃあ、そこの女の人って…」
「タカ丸さんは初めて見ますか?これ、兄の立花仙蔵です」
「ええー!!!」
僕は、綺麗な女の人にしか見えない立花くんに驚けばいいのやらなまえちゃんと立花くんが兄妹だという事実に驚けばいいのか混乱していた。
「そういえば苗字一緒「なまえ!」
「チッ……なんですか兄さん」
「(あっ、舌打ちした…)」
「お前っ、なんで斎藤と、はっ…!まさか恋仲なんてことは……破廉恥な!!」
「はぁ?何をおっしゃってるのか私には判りかねます。仮に私とタカ丸さんがそのような関係にあったとして兄さんに口出しされるいわれはありません」
「なっ、お前は…!!ふんっ。私だって貴様の事などなんとも思ってない!ただ、お前の不祥事で私に影響が及ぶのが気掛かりだっただけだ」
「ふふっ、兄さんならそのようなご心配するだけ無駄なのでは?まあ、私ごときの不祥事でどうにかなってしまうようなら…それだけの実力だった、という事なのでは…?」
突然はじまった言い争いに僕はただポカンと口を開けている事しか出来なかった。潮江君は興味がなさそうに出店を眺めている。
「し、潮江君、止めなくていいの?」
「いつもの事だからな。あーでも、もうそろそろ実習に戻らんといけないな…おい、仙蔵いい加減にしろ。行くぞ」
「離せ文次郎!私は聞き分けのないこいつに……」
「やめて下さい。周りの方に当たり散らすだなんて…」
「ほ、ほらなまえちゃん、僕らも行こう。早く三木ヱ門君達にお土産わたさないと…ね?」
いまだに威嚇している彼女をなんとか説得して、学園への帰路についた。
それにしても今日は驚く事が沢山あった。その中でも1番驚いたのはなまえちゃん。いつもの穏やかな雰囲気は一変し、激しい口論しといた。今は、びっくりするぐらい静かに僕の隣を歩いている。
「タカ丸さん、さっきなんで髪を上の方で結わないのか聞きましたよね?」
「えっ、う、うん!」
「誰かさんに見えて嫌なんです」
「ふ、ふーん…」
僕は苦い顔で笑う事しか出来なかった。