「名前、豆腐」
いつも通り、なんの許可もなく窓から入ってきた兵助は珍しく、その顔に怒りを表していて、なんだか可笑しく思った私は、クスリと笑う。
「私は豆腐ではありませーん……って、古い?」
「知るかよ、豆腐」
「豆腐が食べたけりゃ母さんにでも言ってよ」
「嫌だ。おばさん怖い」
「……何かあった?」
やりかけの課題を放置し、クルリとベットの方をむけば、人の抱きまくらを抱きしめてここではない何処かを睨んでいる兵助と目が合った。
「最近、周りがおかしい」
「へえ……」
「まるで見えない誰かに邪魔されてるみたいだ」
本題が全く見えて来ないが、どうやら計画が成果をあげて来ているのは確かなようで、早く結衣に伝えたいと言う気持ちを抑えて笑顔を取り繕う。
「……何がおかしい、」
「いえいえ、滅相もない。ただ、ここまでふて腐れる兵助は珍しいと思っただけですー」
「………」
「あえて言うなら、何がここまで君を執着させて振り回しているのかは気になるけどね」
「……別に上手く行かないだけで執着はしていない」
図星だったようで、抱きまくらを抱きしめている力が強くなる。
やれやれ、こうなると学園一の秀才もただのガキだな。
再び、机に放置されたままの課題に取り組もうかと視線を逸らした瞬間に、いきなり世界がぐるりと反転した。
「………」
「………なに?」
「さぁ………?わからない」
「じゃあ、私は訳もわからないのに押し倒されたわけ?」
「………」
兵助は、ベットの上に倒れこんだままの私の上に被さるようにすると、そのまま背中に額をつける様にして抱きしめた。
私はそれを何処か遠いところから他人事の様に見ていて、たった数秒間の出来事が何時間、何十時間のように感じられた。
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