外では確かに風が木を揺らし、窓を叩いているはずなのに、設備の行き届いた校舎の中は全くの無音で、それも相まって私達と先輩の間には嫌な静けさが広がっていた。
ただ、立花先輩の隠そうともしない嫌な笑みだけがこの場を支配しているのは確かだった。
「なに、私の事は気にせず話を続けてくれ」
「………」
「……名前、」
本っ当、厄介な人に見つかった。私のこれまでの人生の中で二番目ぐらいの失敗だ。
あーあ、どうしようかね。
「久々知のプライドがどうとか言っていたな、お前の事だ。春の事で仇討ちとか考えているのだろう?」
「まるで私の性格の全てを理解しているみたいな言い方ですねストーカーですか?」
「お前の性格なんぞ理解したくもないが、お前の狂気的なその裏側の顔は知っているぞ」
「やだなぁ、立花先輩には負けますよ」
「そっちの女子もいろいろあるのは知っているぞ?」
「…………」
ああ、もう、本当どうしようか。イライラして、頭をかいていると、目の前の狐のような先輩の口角が上がった。
「大分イライラしているな」
「これが先輩じゃなければこんなに取り乱したりしませんよ」
「なに、別にお前達が考えている事をどうこうしようとは思ってなどないよ。久々知に関しては……少し灸をすえなければ、と考えていたからな……」
スイッチが入った様に怒りを表にした先輩の顔に驚いて言葉もでない。
それにしてもこの先輩の考えている事が読めない。どうやら春と兵助の事は知っているようだけど…。
「と、言う訳だ。私に春を譲れ」
「……はっ、?何、言ってんですか!?」
「私が春に迫ると1番邪魔をしてきたのはお前だからな。私は明日にでも告白しようと思っている、つまり邪魔をするなと言っている」
「………あ、はは、は、はっ、何を言っているんですか?私は先輩の事が嫌いなんです。しかも、仮に私が邪魔をしなくったって今ここであなたをどうにかするぐらいの術と策はあ…「黙れ」っ、!!」
先輩の目つきが細くなる。
ついさっきまで机二つ分はあったはずの距離が、いつの間にかゼロに近く、先輩の手が首に添えられている。
ヤバい、この目は捕食者の目……
「勘違いするな、これは"命令"だ」
「―――……っ、」
立花先輩のそのどこまでも冷たい殺気に、身体が、神経が、脳が、本能が、魂が、逆らうなと叫び始める。
勝手に震えだす身体を両手で抑えて、鎮まれと自分自身に怒鳴りつける。
掠れ掠れで出てきた言葉は先輩の耳に届いた様で、さっきまでの雰囲気が一変する。
「なに、わかってくれればいいんだ。さて、私は不様に打ち伏がる久々知を高見の見物とでもしていようか、」
「…………」
「さあ、春を待っていたんだろう?そろそろ来るはずだ、風が酷くなるまえに帰りなさい」
そのまま自然な動作で教室を出ていく立花先輩を見ている事しかできない自分自身に腹が立つ。
くそっ、完全に油断し過ぎていた…!!
「………名前、」
「………ゴメンね結衣、空気が空気だったから…気分悪いとかない?」
「う、ううん!私は見ている事しか出来なかったから……私こそ、ゴメン…」
「違う、悪いのは私だから……むしろ、結衣が"こっち"に慣れてなくてよかった…」
とうとう降り出した雨は窓を打ち破るんじゃないかというぐらい強くて、なんとなく似ているな、と感じた。
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