笑顔の絶えないあの人に連れられ、やってきたのは見た事も来た事もないデパートだった。
"身の回りの物を買う"という名目でここにやって来たのだが、頭が正常に働いていないのか何が必要なのか全くわからなかった。



「三郎くん、歯ブラシ何色がいい?」


「……なんでも…」


「じゃあ、オレンジね。それから……」




が、そんな心配はせずとも俺自身に向けられた質問を適当に返せば、これからの生活に必要な物はほとんど揃っていった。
時折擦れ違う親子が何故だか酷く苛立たしく、早く終わらないかと思っていた時のことだった。前を歩いていたその人が素っ頓狂な声をあげたのは。



「三郎くん!大切な物を買うのを忘れていたよ」


「………?」


「うーん……どうしようか、お金渡して自分で買ってきて貰うのでもいいけど、何かあったら怖いしなぁ…」



更に、その場で悩み出すその人にますます苛立ちは高まっていく。もう、頭の中では早く帰りたいという気持ちでいっぱいだった。





「……あの、もうなんでもいいですから。…俺、ここで待ってますんで」


「えっ、いいの?下着だけど……」


「……買ってきますっ…!」





本当にいいの?という表情を浮かべるその人の手から財布を引ったくり、慌て走り出してからしまったと思い、チラリと振り返る。目が合った瞬間、ニッコリと笑い手を振っている。
くそっ、嵌められた!!




















:: ::





適当に見繕ったものを無造作にカゴにいれ、長蛇の列となっているレジに並ぶ。これだけ人が多いのだから中には家族連れも多く、余計に苛立つ。



「あれ、三郎…くん、だよね?」


「あ……?」



イライラしながら振り返ったせいか目つきが悪かったらしい。声の主はびっくりしたように目を見開いている。というか、コイツ父さんの親戚だとかいうやつじゃないか。なんなんだよ。黙ってないで何とか言えよ。



「あ、あの、僕のこと覚えてる……?一応いとこの不破雷蔵っていうんだけど…」


「………」


「あ、……えっと、その…」





いきなり吃り始めた目の前のコイツのせいで更にイライラが溜まっていく。おい、レジ何やってんだよ。さっきっから動いてないじゃないか。いとこ?ハッ、知ってるよ。父さんと母さんの葬式の時にいたやつだろ。俺とそっくりな顔で、まるで可哀相なものを
見るような目で俺の事を見てた……、





「あ、あのね、僕…「雷蔵!!!」





俺とコイツの間を割く様に聞こえてきたその甲高い声が広い店のフロアに無駄に響く。その声の主はぎょっとしたような顔で俺を見たあと、隠す様に不破雷蔵を自分の後ろに引っ張る。そしてまくし立てる様に浴びせられる罵声に、周りの奴らの視線が俺に突き刺さる。
……ああ、もうなんなんだよ。レジは遅いし、面倒なのに遭遇するし、何故かおばさんに父さん達の悪口をぶつけられるし。……っ、やめろよ、父さんと母さんの事そんな風に言うな!!!
カッと体中が熱くなり、今だに喋る事をやめないおばさんに掴み掛かろうとしたが、寸での差で別の腕がおばさんに伸びる。





「おい、アンタこんな子供に何言ってんだよ!!」


「何よ、貴方には関係ないでしょう!!それに全部本当の事よ!!!」


「だからと言って子供にそんな汚ねぇ言葉を浴びせていい理由にはならねえだろ!!?」


「うるさい!!!他人が口出しして来ないで!いい、あの子はねえそもそも生まれたのがま……「鉢屋菖蒲さん、それ以上言ったら怒りますよ?」

「っ、貴女…!!!」


「ナマエっ、」


いつの間に現れたのかおばさんと止めに入った男の間に立っている。
一瞬気を取られたおばさんだったが、すぐに顔を赤くしてまた口を開く。



「留くんありがとう。さて、菖蒲さん、何やら貴女なりにご事情があるのはわかりましたがこれ以上ウチの三郎くんにはその素晴らしくよく動く口を閉じて貰えませんか?……本当はここで謝罪など求めたいのですが、なにぶん人が多い。とりあえずはお互いのためにも静かにお引き取り願えませんかね?」


「っ、私はっ、「菖蒲さん」


「雷蔵くんが怖がってますよ」





そこでやっと自分の子供の事を思い出したのか、慌てたように振り返り不破雷蔵の腕を掴んで足早に去っていった。
さっきまでおばさんが吐き捨てていった罵声がいつまでも頭の中で木霊していて気持ちが悪い。



「おい、さっきの知り合いか?つか、そのガキ……」


「まあ、それは私の家で話すよ……って、三郎君?」



気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。抑えておくのが辛い。吐き出してしまいたい。
相当顔色が悪かったのかあの人が顔を覗こんでくる。こんな弱った顔を見られたくなくて、押しのけるように腕を伸ばしたらそのまま足がふらつき、後ろに倒れこむ。そして段々と霞んでいく視界。慌てて駆け寄るその人を最後に俺は意識を手放した。




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