「ちょっと頭がいいからって調子に乗るなよ!!」
力いっぱに突き飛ばされ、フェンスがガシャと金属的な音を立てた。
俺は小学生の頃、別に塾や通信講座を受けていたわけではないが周りの人間よりも成績がよかった。そのために所謂"嫉み"というやつからかクラスのボス的な奴らにいじめを受けていた。
勿論クラスの奴らは自分が巻き込まれるのが嫌で(確かコイツ…佐藤だっけ、がどこかの社長の息子だからだとか)助けになんか来なかったし、担任も問題になるのを恐れて見て見ぬ振りをしていた。
俺も周りの人間に助けを求めることなどなかったし、期待もしていなかった。
大人しくされるがままにされていればいずれコイツらだって飽きてどこかへ行ってしまう。
ただ、いつも暴力を受けながら漠然と「なってないな」と思っていた。
例えば腹に蹴りを入れられたとき、
―――もう少し上だろ
例えば頬を殴られたとき、
―――そんな構えでは逆に自分が傷を負ってしまうだろうに、
例えば椅子に何か仕掛けを施されたとき、
―――どうせなら先生にばれぬようやればいいのに
まるで、殴り方を、戦い方を、罠の張り方を知っていりかの様に自分の中の冷静なもう一人が呆れながらそう呟くのだ。
今も両腕を取り巻きの二人に抑えられ、ああ、また始まるのかとどこか遠いところで呟いた。
「ねえ、どうして調子に乗ってはいけないの?」
場にそぐわない鈴のなるような声に腹部に迫っていた拳はピタリと止まった。
何が起こったのかと瞼を開けば佐藤越しに綺麗な顔でにっこりと微笑む女子がそこに立っていた。
「ねえ、どうして?」
「だってムカつくだろ!」
「なんで?」
「……ッ、だって、だってコイツ自分が頭がいいからって偉そうにして俺らの事見下してんじゃん!!」
「そうかな?私は久々知君が偉そうにしているところ見たことないなあ」
ね?久々知君、とその女子がより笑みを深めると佐藤は悔しそうに顔を歪めた。
あ、そういやこの子佐藤が惚れてたみょうじなまえだ。
「佐藤君だってこの前の体育で100m走で一番になって調子に乗ってたじゃない」
「の、乗ってない!」
「ほらね人間誰しもさ、人より上に立つと調子に乗っちゃうもんだと思うんだけど自分は良くて久々知君はダメなの?」
「だ、黙れ…!」
佐藤が俺の胸倉から手を離し、みょうじの方へ拳を構えて走っていく。
殴られると思い、目を見開く。
「ふうん、殴るんだ」
「なっ、!!」
「それも顔だね。私が病院に行って事情を説明したら通報されちゃうね」
「じ、じゃあ…」
「見えないところでも私は病院に行くよ。あっ、それともパパに言う?クラスメイトをいじめてたら女の子に言い負かされたからやっつけてって」
「なっ……、」
「パパどう思うだろうね?」
最後の一言が決め手だったのか佐藤は取り巻きの二人を連れて逃げ出した。
「さてと、久々知君」
くるりと振り返ったみょうじは相変わらず笑みを浮かべていて、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「久しぶり兵助くん」
「え?」
「って、言っても今の久々知君にはわかんないか」
「何を言っているのだ?」
「じゃあこうしようか
もし、君が思い出すことが出来たら―――――」
「―――……け、」
「――…すけ、」
「兵助!!」
「う、わ……何、勘ちゃん」
「何って、兵助こそどうしたの?居眠りなんて珍しいじゃん」
改めて周りを見渡せばいつの間にか授業は終わっていて休み時間特有の騒がしさの中にいた。
いつの間昼休みになったんだ。
「ずいぶん気持ち良さそうに寝てたよ」
「ちょっと昔の事を思い出してて……」
「ふーん?」
「次の授業ってなんだっけ」
「次は…数学」
「あれ、実習じゃなかった?」
は?実習?
何言ってるんだ。
ごめんと謝ろうと再び顔を上げると、勘ちゃんは珍しく驚いた表情をしていた。
「兵助、もしかして思い出したのか…?」
「思い出す…?何を……」
突如流れてきた映像に容量オーバーして頭を抱える。心配そうに声を掛ける勘ちゃんに大丈夫だと伝えて目を見てもう一度名前を呼ぶ。
すると勘ちゃんは目に涙を溢れさせてよかったあああと声に出した。
「ごめんね、勘ちゃん」
「寂しかったんだからな!」
「うん、本当にごめん。俺、もう一人の寂しがりやのところに行ってくる」
騒ぎを聞き付けてやってきた雷蔵に勘ちゃんの事を頼み、教室を出た。
驚くぐらいに身体が軽い。きっと昔の記憶が戻ったってのもあるんだろう。なんだよ、今までの様子からして思い出していないの俺だけじゃないか。全く。
特に許せないのはなまえだな。
アイツ、1番に接触してきといて意味のわからない言葉だけ残しやがって。
……まあ、俺も随分待たせたからお互い様という事でいいか。
屋上の扉を力いっぱい開き、こちらを振り返るなまえのもとへ飛びこんだ。
―― その時は心からの笑顔で握手でもしようか
「……バカ、遅い」
「ごめん」
「しかも握手じゃないし、」
「ははっ、こればかりはしょうがないのだ」
―――――
佐藤くんめっちゃ可哀想なヤツですが、奴の台詞を聞かなきゃこんな話形もなかったんですよ