真っ白な、病院特有の清潔感溢れる病室の扉をスライドさせれば、ベッドに腰掛け、窓の外を眺めるみょうじの姿があった。
「早かったね」
顔をこちらに向けて笑うみょうじは、あの日からまだ一週間しか経っていないというのに随分と弱々しく見えた。
「まさか自分の父親の患者だとは思わなかった」
「鉢屋くんには内緒だって先生に言ったのにー」
「…兄に聞いたんだ」
近くにあったパイプ椅子に座る。
父親が何か隠している様な素振りだったので、同じ職場に働く兄に頼んで調べてもらったと言うと みょうじはつまらなさそうにベッドへ寝転んだ。
なんとなく、側に置いてあった林檎とナイフを手に取り、皮を剥いていく。
「あっ、私ウサギさんがいいな!」
「……なあ、どれぐらい酷いんだ?」
しゃりしゃりと林檎の皮を剥く音だけが病室に響いた。
つかの間の沈黙をいつもの気の抜けた様な声が破った。
「あと一ヶ月だって」
何が、なんて聞かなくてもわかる。
兄に病名は聞いていた、
わかっていたことだ。
だけれども、
「小さい頃から心臓の病気でね、いろいろ治療法を探して見たんだけどやっぱり見つからなかったの、本当は入院するのも一年前から言われてたんだ」
ああ、一年前、
「なんだけどさ、私学校好きだから我が儘言っちゃったんだよね
最期まで普通に学校に通いたいなって」
ちょうど、ハチがみょうじに告白した時期じゃないか、
林檎を持つ手が震えるのを必死に抑える。みょうじは、そんな私に気づくことなく言葉を続けた。
「…ちょっと心残りはあるけど、この方がすぐに忘れる事ができるんだろうからまあいっか、」
みょうじの言葉に、心の中で燻っていたものが耐え切れず、私は立ち上がる。その衝撃で座っていたパイプ椅子が倒れた。
「わ、たしは、お前の事が、……」
みょうじの瞳を見た瞬間、それまで頭にあった想いや言葉がまるで空気が抜けるように萎んでいった。
はじめからわかっていた事なのに、"敵わない"って。
でも、お前は裏切られたじゃないか一番信じて欲しかった人に。
なのになんで、私では、…
「……私は、他の誰がお前の事を忘れようが絶対にお前の事を、…みょうじなまえの事を覚えている、」
「…鉢屋くん、」
「絶対に忘れない」
「……ありがとう」
頬を伝った雫が静かに床に落ちたのを見て始めて自分が涙を流しているのだと気づく。それを見られるのが嫌で、袖で目元を擦る。霞む視界のなかで、みょうじは微かに頬を赤く染めて笑っていた。
始めて本当の笑顔を見たような気がした。
そして、その二週間後、
みょうじは眠るように息を引き取った。