はじまりはなんて事はないただの噂話





『極東の島国に不届きものの巫女達がいる』




村々を渡り歩きその地の神々をいたずらに利用する
そんな他愛のない噂話

たまたまその話に好奇心が沸いた
だって、いくら小さな神を利用すると言ってもある程度の霊力、妖力が必要だ
それなのに何度も何度もしていると言う事に興味が出てきた。これは白澤ゆえの知識欲からだけれどとにかく僕はそんな感じの理由でわざわざ小さな島国へ飛んだ


噂を頼りにたどり着いたのは山の中にある小さな集落



そこにいたのは絶世の美女でも敏い悪女でもない何もかも諦めた様な、でもどこか寂しそうに笑う女の子だった

彼女は特に何か術を使っているわけではなかった。巫女としての仕事をしつつその地の神と会話して、周りの妖怪や妖達を助けたり力を借りたり、たまに村の子供と戯れたりとなんともまあ不思議な生活を送っていた

ただ彼女の一挙一同には慈愛と優しさが込められていた




そうして観察をはじめてひと月が経った頃、
そこの土地の神が消えた

もともと大した力の無かった神だ。正直ここまでやって来れたのも彼女や周りの妖怪達の助けがあったからこそ
火を見るよりも明らかだった

その地の神が消え去ったその夜、彼女は湖の傍で声を上げることもなく静かに涙を流していた




美しい、と思った




例えば、だとか月明かりに照らされ反射するその髪だとか消えてしまった彼を思って涙を流し静かに佇むその姿だとか
今まで見てきたどんな天女や仙女達よりも比べようもなく美しいと思った




それから暫くして僕は村へ降りた



そういえば彼女の名前知らないな
まあ降りたときにでも聞けばいいか

あまりよろしくない村の状態に僕はの登場はとても歓迎された
女の子達は毎晩のように部屋に訪ねてきたしあの子の事をより近くで見ることが出来た
彼女がいない時を狙って降りたのは万が一にも疑われて追い出されることがないように
現に最初の方はすごく警戒されていたしね
やっとの事で名前を知ったのはしばらくたってからの事


「名、ですか…今更ですね。他の巫女達に聞いてないんですか?」


「君の口から直接聞きたいんだ」


「…悪用しないでくださいよ?私は千夜っていうんですよ」










「千夜、」







「千夜、」









「千夜、」



「なんです、おかしな人ですね」



彼女の名前を呼ぶ度に僕の胸の中には暖かくて酷く心地良いものが溢れ出した
それが愛しさと気づいたのはそれからすぐの事
それは彼女を知る事に増していった
例えば巫女達よりも妖怪達と話している方がずっと生き生きしているところだとか意外と悪戯好きなところだとか、たまにとても寂しそうな顔をしているところだとか
どんなに酷い扱いを受けてもどうしても憎みきれないところだとか








もう、千夜の全てがどうしようもなく愛しいと思ったんだ








だから彼女も同じ気持ちだって知ったときはすごく嬉しかった
今まで体験してきたどんな出来事よりも心震えた
人はどうして不自由になるとわかっていながら番を求め互を束縛したがるのか、知識よしては知ってはいても僕自身は理解することは出来なかった
だけれどそれがわかった気がした
そうじゃない、もうそれだけでいいんだ
たがいの存在だけで充分なんだ



それからすぐ行動を起こした

彼女を、千夜を天へ連れて行く許可をもらいに天帝のところまで飛んだ
今まで感じたことがないぐらい体が軽く感じた
なんでも出来るような気がした
…まあ僕には吉兆の印である力しかないんだけどね
とにかく僕は大急ぎで天帝のところにいったんだ
はじめは人の子ということもあって驚いてはいたけれどもすぐに許可してくれた
祝福もしてくれた。それを聞きつつけた他の神たちが宴だ祝宴だと騒いでいたが彼らの時間間隔は人のそれとは違うからいつまでも付き合っていて気づいたら百余年が過ぎていましたなんてごめんなので早々に天を降りた

時間にして一日



急いでいつもの湖に向かった
なぜか彼女の姿は無かった


次に社に向かった
けれどもやっぱり彼女はいなくて、巫女達に聞いてみても帰ってきていないと言う
気づけば巫女は距離を詰めてきていて僕の腕を優しくなぞった
更に自身の胸を押し付けて下から覗き込む様に見上げてきた。僕はそれを優しく解いてごめんねと謝り、そして別れを告げた
別れる時にちらりと見た彼女の顔はすでに巫女ではなく“女”の顔で、はんの少し悲しくはなったけれども、彼女もその程度だったのだと思えばそれまでだった
















あまり期待はしなかったが神眼を開いて村の方を見た




「(相変わらず惨い事をするな……)」




覗いた先には祭壇があった
その中央には小さな子供が一人

そういえばあの子は千夜が気にかけていた、確かみなしごの子供だったな…

ふと目に入ったのは乾いた地面には不釣合いな赤黒い飛沫



「(まさか、そんなはずはない…)」




どんなに言い聞かせても止まらない動悸は焦りを増幅させていく
だって彼女は人の目に触れるのはあまり好きじゃないでもあの子が生贄なされると知ったらいやまさかそんなでも彼女なら、千夜ならもしかしたら…



深い深い森の奥、そこに千夜はいた


横たわる姿は随分弱々しくいつも身につけている巫女服は土埃で汚れ、ボロボロになっていた
僕が月の光みたいだと称した彼女が一番嫌いなその髪は真っ赤に染まっていた
震える足に叱咤して彼女のそばにいき、そっと体を起こす

まだ息がある
生気が弱々しいけど今すぐ天に連れて処置すれば…



「は、くたく、様……?」


「千夜、よかった。そのまま目を覚ましといて。今からちょっと応急処置するから…」


意識があることにほんの少しホッとした
けれどもまだ気を抜くわけにはいかない。それだけ危険な状態だった






「私、ほんとに、だめな人間なんです…。丁に、してたことだって、自分のため、なんですよ…丁の姿、が、昔のじぶんと、かさなって、それ、で……」


「懺悔ならあとて聞くから!!今は意識を保つことにだけ集中して!!!」


「でも、あの子が、いけ、にえにされる、って聞いて、きっと、むりだって思ったけど、でも何もせず、には、いられなくて、でも、はくたく、さまが、好いてくれてる私の事なら、信じられた、から、…でもだめ、だった……やっぱり最後までだめな、化物だったな、あ………」


「ダメだ目を瞑っちゃダメだ!!」


「そうだ、ずっと言いたかった、んですけど…









わたし、はくたくさまのこと……








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